2009年1月28日水曜日
【猫哲学98】 美人のお話。
猫┃哲┃学┃の┃お┃部┃屋┃μ┃
(2006/04/28)
なあバカ猫、ぐーってゆうてみ。
「なにゃ?」
ぐー、だよ。ぐー。
「ヴー」
違うよ、ぐー。ヘッドロックしてやろうか。
「ぐー」
よろしい。それは古代中国の美人の名前だ。
「ニャんのこっちゃ」
とういわけで、今回は美人のお話である。みなさん、けっこうお好きでしょ。といっても、いつもの超美女とは何の関係もない話なので、そこんとこはよろしく。
世界三大美人というのがある。誰が決めたのかは知らないが。その三人とはクレオパトラ、ヘレナ、楊貴妃である。
クレオパトラは有名だし、本シリーズでもパスカルさんのときに書いてしまっているから触れない。
ヘレナというのは耳慣れないかもしれないけど、いわゆる「トロイのヘレン」である。
この女は、スパルタ王メラネオスの嫁さんのくせしやがって、出張に来ていたトロイのバカ王子パリスと恋仲になり、トロイへと駆け落ち。ギリシア軍によるトロイ10年包囲戦争の口実にされた。トロイが落城した後はスパルタに連れ戻されている。さぞつらい余生を送ったんだろうとは思うけど、それでも戦場で殺されることもなく、生かして連れ戻されるほどの美人だったということらしい。
まあどうでもいいけど、このヘレナってあまり頭の良さそうな女性とは思えないな。私はバカ女って好きじゃないのだ。それに、本物の美人にバカはいないよ。
日本で三大美人を語るときには、ヘレナに替わって小野小町が入ってくるようだが、スケールが小さい小さい。やっぱり一国の運命を傾けてこそ世界的美人だと思うぞ。とはいっても、これらみなさんは写真を残されていないので、顔は比較のしようがない。だから、その人が何をしたのか、どういう歴史に関わったのかが評価のポイントだろう。
そこで三番目の楊貴妃だが、これは中国四大美人の話とダブってくるのがややこしい。だから、ここからは中国の話に突入する。
で、やっぱり中国となると話はスケールアップして、三大美人では収まりきれなくなり、四大美人のお話となる。その四人とは、楊貴妃、王昭君、西施、貂嬋である。残念ながら、冒頭でバカ猫に言わせてみた倶美人は入っていないのだ。好きなんだけど。やっぱり中国は奥が深いのだな、とありきたりの感想を述べつつ、四大美人について解説してみよう。まずは楊貴妃から。
楊貴妃は唐代の人。玄宗皇帝の寵愛を受け、唐を滅亡寸前にまで導いた。まさに代表的な傾国の美女である。
傾国という言葉は美人の代名詞だが、美人すぎて国を傾けるという意味。やっぱり美人というなら、ここまでやってくれないとな。傾国よりもちょっとスケールの小さい言葉で、傾城というのもある。城を傾けるという意味だが、日本のちゃちなお城とは違い中国のそれは都市そのものだから、やっぱりこれでもスケールはでかい。
楊貴妃はもともと玄宗皇帝の息子の后だったのが、お父ちゃんの玄宗が横取りしたの。当時の中国では后なんて何人でもいたのだから、軽い気持ちでやったんだろうなと私は思っていたのだけど、実はそうでもなかったらしい。楊貴妃を息子と別れさせてから一時的に寺に入れ、それからゲットしたんだとな。いちおう世間体に気を使ってやんの。
玄宗皇帝は楊貴妃にメロメロになったあげく、政治をいっさい顧みなくなった。さらには楊貴妃の家族一門を出世させ、高い身分に据えた。美人の彼女におねだりされたら断れないなんて、かわいい男であるな、玄ちゃん。
そのあげく、楊貴妃の従兄弟である楊国忠に政治を好きなようにめちゃめちゃにされてしまった。彼は政治的ライバルである節度使の安禄山を破滅させるため、楊貴妃を通じて玄宗皇帝に安禄山の悪口・嘘・スキャンダル等々を吹き込んだ。これで身に危険を感じた安禄山は反乱を起こす。有名な「安禄山の乱」。高校の世界史で習いましたね。
で、安禄山は強かったの。そのために玄宗皇帝と楊貴妃は長安の都を逃げ出したんだけど、途中で護衛の兵士たちが反乱を起こす。何もかも楊貴妃のせいだ、この女を殺せ、と玄宗に迫った。
これほどにまで惚れぬいた女を、自分の命令で殺させなければならない。うわ~、これはつらいよ。想像を絶する。私だって、さほど愛してもいないバカ猫でさえ、絞め殺すなんて考えられないもんな。でもけっきょく、楊貴妃は首を絞めて殺された。う~ん、悲しいね。じゃっかんお笑い風に始まった恋愛物語は、この場面になって一気に極限の悲劇となり終わるのである。
やっぱり、美人には悲劇が似合うな。
ちなみに、唐代の詩人杜甫(とほ)に「春望(しゅんぼう)」という傑作がある。安禄山の乱のために荒廃した都を詠んだものだ。
国破山河在(国破れて 山河あり)
城春草木深(城春にして 草木深し)
感時花濺涙(時に感じては 花にも涙をそそぎ)
恨別鳥驚心(別れを恨んでは 鳥にも心を驚かす)
(以下略)
みなさんご存じですよね。この詩の背景に、中国史を代表する悲劇の美女の姿を重ねると、味わいが十倍くらい増すでしょう。
さて次へいこう。中国四大美人の二人目、王昭君である。
おうしょうくん、と日本では読んでいる。紀元前一世紀、前漢は元帝時代の人である。楊貴妃よりも800年あまり先輩だな。
王昭君は貴族の家に生まれ、何不自由なく育った。評判の美人に成長し、やがてその噂は帝のもとにも届いた。そこで元帝は、王昭君を後宮に呼び寄せる。妾になれということだけど、気に入られれば一族郎党出世のチャンスでもあるわけだし、身を犠牲にしてまで家族に尽くすのは中国の伝統だもんな。
ところが後宮にはすでに3000人の美女がいた。やるねえ、さすが中国、話がでかい。元帝はいちいち女の顔と名前を覚えていられないので、絵師に彼女たちの肖像画を描かせて、それで夜のお相手を
選んでいた。超プライベート豪華版美女カタログだな。
それにしても3000枚だよ。どうやって選んでいたのかなあ。想像もできない。目を通すだけで夜が明けちゃうだろ、ふつう。
で、その肖像画が悲劇のネタになる。後宮の宮女たちは絵師に賄賂を送って、実物以上に美しく書いてもらっていたの。ところが王昭君は名家のお嬢さんだから、賄賂なんて下世話なことは知らない。だから絵師は、彼女を醜く描いたのだそうだ。ほんとにもう、これだから皇室御用達の絵師なんか信用できない。
そんなこんなで王昭君は帝に相手にされず、のんびりとした日々を送っていたんだそうだが、ここに外交問題が降りかかる。漢と国境を接して何かと問題の多かったと匈奴が、「漢の美女をお嫁さんにくれたら、和睦してやっていいよ」と言ってきた。
そこで元帝は考えた。「後宮3000人のうちでいっちゃん醜い女をくれてやろう」。せこくないか、元ちゃん。3000人もいるんだろうに。そこでさっそく美女カタログを取り出し、選ばれたのが醜く描かれた王昭君。やっぱり賄賂って必要なんだな、と思っても遅かった。
王昭君を匈奴に送り出す儀式が催され、そのときになって初めて元帝は彼女を目にする。「なんや、話が違うで。どえりゃー美人やんけ」と言ったかどうかは知らないが、命令は撤回できない。帝は激しく後悔したという。
王昭君はその後、夫の呼韓邪単于(こかんやぜんう、と読むらしい。ものすごく悪意に満ちた漢字表記だよな)が亡くなると匈奴の風習に従って息子と結婚させられそうになり、自殺したという。でも、これはあくまでも伝説。別の人の嫁になって長生きしたという話もある。王昭君の物語全体が伝説の域を出ないという歴史家もいて、2000年以上も昔の話だし、まあいいか。
この話の教訓は、いくら美人でもプライドを持ちすぎるとえらい目に遭うよ、というところかな。
さあ次に、中国四大美人の三人目、西施のお話をいってみよう。実は私、この人がいちばん好きである。せいし、と読む。
時は春秋戦国の世。漢代の王昭君よりもさらに400年ばかり前の人だな。中国はその頃、中小国家に分裂し、勢力を争っていた。中でも呉と越の二国が強大で、長いあいだライバル関係にあった。これは「呉越同舟」なんて言葉にもなって残されていますな。
越王勾践は呉王夫差との決戦に敗れ、屈辱の日々を送っていた。そんなとき、越の田舎で育ったという絶世の美人の噂が飛び込んできた。それが西施である。
越王は彼女を見て、「よっしゃ、この女を使って呉を滅ぼしてやろ」と決意する。自分の女にすればいいじゃん、もったいないなあと思うのは凡人の浅はかさ。伝説の人物たちは発想が違うのであるぞ。と、書いてはみたものの、戦争では勝てないから女を使うなんて、どういうもんかね。まあ、現代の感覚で歴史を評してはいかんのだけどね。でも西施はかわいそう。
西施は越の王宮であらゆる教養をたたきこまれる。わずか一年で書に通じ、詩を吟じ、舞に長じたというから、頭もよかったのだな。というか、天才じゃないか。教養の中にはベッドテクニックもあったという噂もあるが、詮索しないでおこうっと。
こうして博学才色技芸多彩にして最強無敵の美女となった西施は、呉王夫差に献上される。胸に裏切りを秘めた美女ほど妖しく美しいものはないよー。夫差は西施に夢中になり、酒食におぼれ国政を顧みず、何だかさっきも書いたような話だな、太湖西山の地に豪華宮殿を造って国を傾けさせる。まさに傾国の美女である。
こういうのを現代の外交用語では「ピンク・トラップ」という。桃色の甘い罠(笑)。橋本龍太郎が首相だったときにも、これにひっかかった。相手は中国美女である。ごく最近でも外務省の中国大使館付き事務官がひっかかって自殺してやんの。中国じゃ、こんなの2500年も前から常識なんだけどな。日本の外交ってやつもセンスがないねえ、という話はさておき。
西施の話を続けよう。
さらに彼女は、呉王夫差の最も有能な部下であった伍子胥を謀略で失墜させ、ついに無実の罪で殺させてしまう。これで呉の国内はガタガタになった。
国内の憤懣や混乱を静めるのに戦争を利用するのは今も昔も変わらないが、夫差もまた斉国に戦争をふっかけ派兵する。呉と斉が戦争で弱ったところで、越王勾践は呉に戦争をしかけ、あっけなく呉は滅ぼされてしまったのであった。傾国おそるべし。
越はその勢いで中国主要部を制圧し覇権国家となった。その後、越王は蘇州に凱旋する。そのときに、もっとも大きな功績のあった西施をどうするかが問題になった。王はその后に「どうしたもんかね」と尋ねたのだ。いかん、いかんよ、女に女のことを聞いちゃいかん。
そこで西施の美貌が仇となっちゃった。后は嫉妬心から「役目の終わった者なんて殺しちゃえば?」と答えた。越王にもいろいろと事情があったんだろうね、結局のところ西施は殺されてしまったのだ。かわいそうすぎないか、それ。
別の伝説では、王の部下と落ち延び、ひっそりと天寿を全うしたとされる。そうであってほしいのだが、昔の話なのでよくわからない。
いずれにもせよ、女は最強の戦略兵器として使えるが、その女の敵は女である、ということかな。てなところでまとめたら陳腐にすぎるか。でも私はこの西施という女性、かなり好きである。だって美貌と知性と胸に一物なんて、美女の理想形じゃん。ぬふ。
さあ、四番目をいってみよう。貂蝉という人の物語である。ちょうぜん、と読むらしい。
私は、この人はあまり好きではない。楊貴妃や西施ほどスケールがでかくないし、王昭君のような気高さもない。いろいろと謀り事をめぐらせるけど、どれもせこい技である。何よりもこの女性、実在の人物ではない。中国の古典小説『三国演義』に登場する架空の人物なのだ。何で四大美人に入れられちゃったのかよくわからないけど、ついでだから解説しとこう。
後漢の末の頃、ということは王昭君の時代から500年ほど後のことかな。丞相という巨大権力の地位にあった董卓というおっちゃんがいたとな。この人は呂布という大将軍を養子にして、いよいよ尊大横暴をきわめていた。まあ、独裁首相と軍事力の合体ということだな。こりゃ強いわな。
司徒(=宰相。エヴァンゲリオンとは無関係)の王允はこの状態を憂慮し、「連環の計」という策略をめぐらす。董卓と呂布との仲を裂こうというわけ。
王允は、すんごい美人で歌の名手、当時16才の貂蝉を養女にして、まず呂布の嫁にやる。そしてその後、彼女を取り返して董卓の妾にやらせた。呂布は、貂蝉が董卓に奪われたのを見て、かなりムカついたんだって。
ある朝、董卓にしたがって宮中にでた呂布は、董卓が漢の献帝と話している隙を狙って、こっそり丞相邸へ。そして貂蝉と密会した。ちょうどそこへ董卓がもどり、二人の密会に出くわしてしまう。わーい、浮気だ浮気だスキャンダルだ。董卓は怒って、戟を呂布にめがけて投げる。呂布は命からがら逃げだした。
みごと「連環の計」炸裂。董卓と呂布は不仲になり、やがて呂布は董卓を殺してしまう。後に呂布も戦に敗北、貂蝉も囚われの身となる。
その後どうなったかには諸説あるけど、もともと創作上の人物なのであまり興味はない。調べる気にもならない。何となく四大美女のうちではもっとも存在感のない人である。史実は、人の想像力の上をいくということかな。
これではあまりに尻すぼみなので、中国四大美人に入れてもらえなかった倶美人の話を書いておこうっと。
倶美人、正式には虞美人と書く。虞姫と書かれることも多い。この人は、マンガ版『三国志』でもビッグヒーローとして扱われている西楚の覇王、項羽の愛人だった。(妹だったという説も、娘だったという説もある)。
楚と漢が中国統一をかけて戦った最後の大決戦である「垓下の戦い」において、項羽は砦を包囲する敵軍が故郷の楚の歌を歌うのを聞く。
「ついに楚までも敵に下ったのか、ああ、こりゃ負けだわ」
部下の兵士たちは次々と逃げ出し、ついには有力な将軍までも離散して、項羽の下に残った戦力はわずか八百。敵は数十万。どうやっても勝てる話ではなくなった。
という感じの、手も足も出ない状態を四面楚歌というのだよ。今回は勉強になるねえ。
そこで項羽は愛する虞美人と愛馬の騅を呼び寄せ、「垓下の歌」を詠んだのである。戦争中でも風流だな、中国人。
力拔山兮氣蓋世(力山を抜き 気世を蓋う)
時不利兮騅不逝(時利あらずして 騅逝かず)
騅不逝兮可奈何(騅の逝かざる 奈何すべき)
虞兮虞兮奈若何(虞や虞や 若を奈何せん)
んー、かっこいい。私が親切にも現代日本語にぽん訳しましょう。
私の力は山を大地からひっこぬくほど強大であるのに
私の気力は全世界を覆い尽くすほど広大であるのに
時の利だけがうまくいかず、愛馬の騅は進もうとしない
愛馬さえ進まないこの状況を、いったいどうすればいいのだ
ああ、それよりも、虞や虞や、おまえをどうすればいいのか
まーなんちゅうか、このように壮大な戦争絵巻の最後になって、血なまぐさい戦闘を描くのではなく、一人の女を心配してうろたえる男を描写するとはね。憎い演出ですなあ、司馬遷さん。
虞美人についても創作であるという説が根強いけど、この詩のおかげで不思議な存在感を保っている。虞美人草という花があって、ケシ科の真っ赤な花が咲き、はかなくも美しい。この花には、虞美人が自害したときに流した血が花になったという伝説がある。しかもケシ科だから、麻薬もとれる。なんかミステリアスやね。
虞美人という人の容姿がどうだったとかいう記録は少ないのだけど、何となく歴史に翻弄される女の切なさ感じさせて、とても気になる人である。でもやっぱり、美人だったんだろうなあ。そういうことにしておこう。
以上が中国四大美人+一美人の物語である。日本でこれに匹敵する人といえば、千姫くらいのものかなあ。もうちょっとがんばんなさいね、日本女性たち。と、とりあえず言っておこう。
日本という国は中国の伝統文化に依存してきた一面もあるから、中国の美女伝説を利用すればそれで足りたのだ、と言えるのかもしれない。それはともかく、中国の美人たちは想像力をバリバリに刺激してくれるので、とっても好きさ。
さて、ここからが美人についての哲学的考察である。
美人とは何か。
美人つーてもただの女やないか。顔の皮一枚だけの話やないか。美人屁もす…、おっと自主規制。
そんなことを議論したがる人は多い。しかし、そんな話、実は無意味なのである。美人とは分類するのでも形容するのでもなく、ただそこに居るのである。美とは何か、彼女自身がその答えであり、それは言語を超えている。
私の言うことがわからない人は、本物の美人に出会ったことのない人であろう。本物の美人というのはねー、見ただけで心臓がひっくりかえり、言葉は意味を失うのだよ。美とはつまりそういうものである。
私は何度か絶句するほどに美味しいワインに出会っているが、美とはそのようなものである。音楽でも美術でも料理でも、どのようなジャンルだろうと同じようなことなのだろうと思う。美は、言葉を超えてこそ美といえるのだ。
美人というのは、そのような存在としてこの世に生まれてきた人たちだ。神様はじつに不公平なのである。とはいっても、「美人は必ず不幸になるの法則」というものがあるので、必ずしも不公平とは言えないかもな。
美とは何かについては、かのソクラテスがやはり問答を展開しているので引用しよう。私の拙い文章よりもよほど本質に迫っている。
(プラトン著『パイドン』より引用)
「われわれは<正しさ>がそれ自体としてあることを認めるだろうか。認めないだろうか」
「認めますとも、誓って」
「さらに<美>や<善>は?」
「もちろんです」
「では君はそれまでに、そういうもののどれかを、目で見たことがあるかね?」
「いいえ、けっして」
「ではそれ以外の身体の感覚のどれかによって、それらにふれたことがあるかね? ぼくが言うのはおよそあらゆるものについて、例えば<犬>や<健康さ>や<強さ>について、その他一言で言えば、『まさにそれぞれであるところのもの』としての、すべてのものの本質についてなのだが」
このような言い方でソクラテス(実は著者のプラトン?)は美そのものを議論することの無意味さを説いている。そこから独自のイデア論が導かれるわけだが、後は専門書にあたってちょうだい。
そしてソクラテス(=プラトン?)は、こう言い切る。
「美は、美そのもの因って美しい」
私たちは、美人にイデアを見るのである。美人にただの肉体や顔の皮一枚だけを見る人は勝手にすればいい。そうとしか見れない人もいることは、否定しない。これ以上は生き方の問題である。もっと端的に言うと、趣味の問題である。そんな人には、一言こう言ってやろう。
「心が貧しいね」
ここで終わってもいいのだけど、私にこうした考察を始めさせるきっかけになったことについて書いておきたい。韓国映画の話である。
またかよ、とお思いだろうが、まあええやんか。猫哲学もあと三回で終わりなのだ。たまには好きなことを書かせてくれーい。
韓国というのは世界三大美人国のひとつであるらしい。
なぜそうなっているのかは知らない。韓国の人が言っているのだ。私のせいじゃないもんね。ちなみに、残りの二大国がどこなのかも知らない。
でも私は、その話を認めている。韓国映画を観ていると、本当に美人が多い。そのなかでもとりわけ好きな女優が二人いる。
一人は伝説的名作『猟奇的な彼女』で一気にアジアの大スターとなったチョン・ジヒョン。この人はそれほど美しい顔だとは思わないのだけど、その存在感に圧倒される。単に演技が上手いということだけでは説明できない。とにかく心を奪われてスクリーンに目を吸い付けられる何かを持った美女である。
もう一人は、傑作『私の頭の中の消しゴム』で日本でも評価が定着したソン・イェジン。この人は透明感があって、そのうえ本当に演技が上手い。初めて彼女を見たのは『ラブ・ストーリー』という作品だったけど、その映画出演当時、彼女はまだ20歳だった。信じられないことにその若さで、すでに大女優の風格を漂わせていたのだ。
この二人は、まだ20代前半である。すごく若い。私は、この二人を追っかけているだけで、今後10年は楽しく生きていけるだろうなーと考えていた。ところがそれに加えてとんでもない女優さんを知ってしまったのだった。
その人は、キム・ヒソンさんという(なぜだか「さん」をつけてしまう)。日本ではあまり知られていないが、すごく綺麗な人である。残念なことに出演作品に恵まれないので、というか何であんなカスばっかりに出とるんだろうイライラ、なのだが、それでも惹きつけられてしまうほどの女優さんである。
彼女につけられたニックネームは「韓国一の美人女優」。まったくその通りだと私は思っている。
以上、三人の女優さんをして、韓国三大美人女優と私は勝手に呼んでいる。いずれ日本でも大ブレイクすることだろう。そうなることを願って、私は東アジア圏の友好と平和と発展を祈る。韓国も中国も大好きだぜい。誰か文句あるか。
これをわざと邪魔してブチ壊そうとしているアメリカの忠犬小泉ポチ畜相め、呪ってやる。
ほへ。
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「あなたもやっとわかってきたわね」
と、例の超美女は生意気なことを言う。
「美人は説明不能なのよ」
「ふん、前から知っていたけど、ちょっと書いてみただけさ」
「どうだか」
「あ、疑うのか」
「あなた、私を見ると目をそらすじゃん」
「そりゃそうだよ。バカな男どもみたいに、死にたくはない」
「それって、美から逃げてない?」
「うわあー、よくもまあそこまでぬけぬけと…」
「美を前に身構えてはだめよ」
「…ったく、どうしろと言うのだ」
「素直になりなさい。今日は食事につきあってあげるからね」
けっきょくそれが言いたかったのか、この大食い女。
ところで美女は一般に大食いであるというのが私の持論なのだが、みなさん、そう思いませんか?
[上の文章は、約4年前に書いたものです。][original from 【猫哲学HP】 http://nekotetu.com][mail to:nekotetu@mbr.nifty.com]
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