2009年1月28日水曜日

【猫哲学95】 お札を笑おう。

 
       猫┃哲┃学┃の┃お┃部┃屋┃μ┃

(2006/04/08)

 今回はお札の話である。猫とは関係ない。

 猫とお札、猫と硬貨、猫と通貨などいろいろと関連性を調べてみたのだが、まったくデータが出てこない。ことほどさように猫とお金は縁のないものなのだろう。

 猫に小判というくらいだからな。日銀のエリートなんてのは、無視されるのが嫌いなんだろう。相手が猫でも。

 この地球のどこかでひとつくらい、猫をデザインにしたお札があってもいいのにと思う。きっと私は、そのお札が大好きになるだろう。支払いに使うのにもおつりとしてもらうのも、とても楽しい。思わず心がはずんで、経済の流動性が増すではないか。そんな知恵も働かないのかよ日銀は。

 だいたいやねえ、ものすごくセンスが悪いのだ、日本のお札って。みなさん、そう思いませんか?

 どうでもいいインチキ男の新渡戸稲造なんか大嫌いだから、旧五千円札は急ぎATMで入金することにしていた。そしたら新札は樋口一葉だってさ。もう笑い転げて、腹の皮が痙攣しそうになったよ。(樋口一葉の話は後半で詳述)。

 新渡戸稲造なんてさ、『武士道』という本を書いたから有名なのらしいが、お札に使われた理由はそんなことじゃないだろう。だって、誰かそんな本を読んだことがあるか?

 新渡戸稲造は、最初の国際連盟事務次長になった男である。ちなみに国際連盟なんてのは大金持ち陰謀機関の表の顔である。現代の国際連合だってロックフェラーが敷地ごとポンと寄付したビルに入っている。

 この人は、何をどう勘違いしたのかしらないが、クエーカー教に改宗している。奥さんはアメリカ人である。まさに超真正の外国かぶれなおっちゃんである。キリスト教に染まっておいてガイジンを嫁にして、武士道だと?

 岩波文庫の『武士道』をちょっとでも読んでみられるとよい。何でこんなもんが武士道なんだと思う記述にあふれている。私は武士ではないから根本的な批判はさしひかえておくが、日銀はどうしてまたこんなトンチキなおっさんが好きなんだ。その理由は、これから私が書くことを読まれたら、だいたいおわかりになると思う。

 旧札の話はこのへんでおいといて、現行のお札の話をしよう。

 まずは千円札。千円札といえば野口英世。野口英世は、借金魔王であった。

 貧農の息子として生まれた彼は、高校へ行くのにも恩師の援助を受けていた。それはまあいい。借金というより美談だ。東京大学に合格して上京するときにも、周囲から金を借りまくった。そして、ついに返済することはなかった。

 このへんまでは、まだまだよくある話だ。この程度では借金魔王とまでは言わない。
 東京に出ると、歯科医・血脇守之助という人が、野口英世に将来性を感じたのだろうと思うけど、親切にも学資として月15円を援助してくれた。15円というのは、調べてみると、当時の中学校の先生の月給並だという。明治時代の教師というのは一般の会社員よりも高給だったから、現代でいうとまあ30万円くらいかな。

 学生とっちゃすごい金額である。これに恩義を感じてせっせと勉強すれば美談なんだけど、野口英世は勉学のついでに酒と女にもせっせと注ぎ込んで、15円は毎月使いきっていたとさ。しかも友人に借金までしていた。

 大学卒業後、順天堂病院助手として勤務。給料をもらうようになってからも、郷里の友人に借金を重ねた。

 そうこうするうち清国の国際防疫班に参加して海外赴任する。その出発前、飲んで騒いで支度金の96円を使い果たした。

 そこで恩人の血脇守之助に借金を申し込む。血脇さんは新婚の妻の着物を質に入れ、5円を工面した。何だ血脇さん、お金持ちじゃなかったのね。

 清国では相当な俸給がもらえたはずだが、夜ごと歓楽街で飲めや歌えや遊びまくり。帰国したときにはすっかり無一文だった。

 さてさて、ここからが野口英世の白眉、アメリカ留学である。でも金がない。まず故郷のお金持ちの娘と婚約し、帰国したら娘と結婚するという約束で結納金として300円をいただく。さらに渡米の費用として恩師から200円をもらっちゃう。

 そこでおとなしく渡米すりゃいいものを、送別の大宴会を開いた。あまりにもど派手な宴会にしちゃったので30円しか残らなかった。アメリカ行きの船の切符も買えない。またまた泣きつかれた血脇さん、高利貸しから300円を借りて英世に渡した。大丈夫か血脇さん。いや、血迷ってないか。

 婚約した娘さんはどうなったのかって? けっきょく結婚しなかったのだそうだ。この娘さんの家からは結納金以外にもいろいろと金をむしりとっていたらしいから、まあ、世間でいうところの結婚詐欺だな。

 アメリカへ行っても性根は直らない。友人たちからどんどん借金をしまくった。「野口に金を貸すな」が研究者仲間の合い言葉になったんだと。帝国学士院から恩賜賞を授与されることになったときには、友人から700円を帰国費用として送金してもらっている。

 最後はアフリカで死んだ野口英世。案外、いくらなんでもここまでは借金取りが追いかけてこないだろうという、とても現実的な計算があったのではないかにゃ。

 こんな人でも、話が歴史の範疇に止まっているかぎりは、私は笑い飛ばして終わりにする。お金にルーズだって、別な部分でいい人だったらそれでいい。でもね、事はお札の話なのだ。

 日銀は、日本人の金銭感覚が野口英世のようであってほしいと願っているのだろうか。明日のことも考えず借金しては遊びまくり、周囲に大迷惑かけて平然としているような人を見習えと、日本人全員に語りかけているのだろうか。日銀の考えることはわからん。いや、本当は知っているけど、表面だけみたらアホもええとことちゃうか。もうちょっとスマートにできないものかね。

 千円札だけではない。五千円札もどうかしている。樋口一葉も借金魔王、じゃなくて借金魔女であった。

 樋口一葉は、17歳のときに事業に失敗した父親を亡くし、母と妹の三人で無一文になった。ここからが、この人の貧乏生活のスタートであった。野口英世の借金は豪快で無神経だが、樋口一葉の貧乏はこの人のせいではないし、哀れで惨めである。借金魔女なんて言ってごめん。

 樋口一葉は細かな日記を残していて、その借金生活を伺い知ることができる。

□明治25年8月28日 晴天。「我家貧困、只せまりに迫りたる頃」とて、母君いといたく歎き給ふ。此月の卅日かぎり、山崎君に金十円返却すべき筈なるを、我が著作いまだ成らず、一銭を得るの目あてあらず、人に信をかくこと口惜しきとて也。

□明治25年10月2日 晴天。田辺君よりはがき来る。「『うもれ木』一ト先『都の花』にのせ度よし、金港堂より申来たりたる」よし。「原稿料は一葉廿五銭とのこと、違存ありや否や」と也。直に「承知」の返事を出す。母君、此はがきを持参して、三枝君のもとに此月の費用かりに行く。心よく諾されて六円かり来り。

□明治25年10月23日 母君、三枝へ参り給ふ。『都の花』より受とりたる金(25銭×47枚=11円75銭)のうち六円を同君に返へさんとて也。

□明治26年3月15日 曇る。昨日より、家のうちに金といふもの一銭もなし。母君これを苦しみて、姉君のもとより二十銭かり来る。

□明治26年3月30日 晴天。我家貧困日ましにせまりて、今は何方より金かり出すべき道なし。

□明治25年5月1日 誰れもたれも、いひがひなき人々かな。三十金五十金のはしたなるに夫すらをしみて、「出し難し」とや。

 樋口一葉は明治28年になると、『たけくらべ』『にごりえ』などを発表、女流文学士として有名になったが、貧乏生活が終わったわけではなかった。このあたりは、与謝野晶子も有名になったのに貧乏だったのと似ているな。

 日記を続けよう。

□明治28年5月2日 早朝、書(ふみ)あり。安達の妻より、かねてのかり金催促の趣き。五円計のなれども、いまは手もとに一銭もなし。難を如何にせん。

□明治28年5月14日「今日夕はんを終りては、後に一粒のたくはへもなし」といふ。母君しきりになげき、国子(妹)さまざまにくどく。

□明治29年6月23日 此月、くらしのいと侘しう、今はやるかたなく成て、春陽堂より金三十金とりよす。人ごヽろのはかなさよ。

 この日記の5ヶ月後、樋口一葉は肺結核を患い亡くなった。明治29年11月23日、享年24歳。

 うえ~ん、悲しすぎる。切なすぎる。こんな人をお札のシンボルにするなんて、どういう神経なんだ。樋口一葉は、きっと侮辱されたように感じるだろう。樋口一葉の墓の前に立って、五千円札を振ってみる自分の姿を想像してごらん。どういう意味かわかるだろう。

 それにしても日銀は、何が嬉しくてこんなことをするのだろう。考えてみると本当に腹が立つ。野口英世のごとくに借金で遊びまくって、樋口一葉のように苦しんで若死にしろとでもいいたいのか。  話は変わるけど、以前に1ドル札に描かれた気持ち悪い「目」の話をしたよね。あの「目」は、日本の千円札にも描かれている。

 という話をすると、みなさん、「え? どこどこ」と探されるだろうけど、容易には見つからないよ。

 正解は、透かしの中の野口英世の目である。ほら、ど真ん中に描かれているのに、なかなか気が付かないでしょ。

 ことほどさようにお札のデザインというものは、すべてイルミナティの陰謀なのである。というお話は、どこまで冗談だと思う?

 ぬへ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「あたしはキティちゃんのお札がいいな」

 いつもの超美女は、またまた話を脱線させる発言をするのであった。

「だだだ、大胆なご発想ですな」

「パステルカラーでね、千円札が黄色キティちゃん。五千円札は水色キティちゃんで、一万円札はもちろんピンクキティちゃん」

「偽造防止のためにハートと花柄を全面に飛ばしまくるとか?」

「そうそう。幸せでしょー」

「火曜サスペンスの、強盗が金を強奪するシーンで、そのお札もキティちゃん?」

「緊張感がないわよねー」

「男が使う場合、恥ずかしいと思うが」

「大丈夫、女が使ってあげるから。お金持ち野郎はね、女にさんざん利用されるオトコになるの」

「さんざん利用…」

「略すとサンリオ」

 …ほひゃ。


[上の文章は、約4年前に書いたものです。]
[original from 【猫哲学HP】 http://nekotetu.com/
[mail to:nekotetu@mbr.nifty.com]

0 件のコメント:

コメントを投稿