2009年1月25日日曜日

【猫哲学14】 ドリーちゃんに花束を。

 
       猫┃哲┃学┃の┃お┃部┃屋┃μ┃



 ちょっと古いニュースですけど、初のクローン羊のドリーちゃんが亡くなりましたね。彼女をめぐる人間どもの思惑はどうあれ、それは彼女の責任ではないことなので、素直にお悔やみ申し上げましょう。若死にだったそうで、さぞかし無念であられたことでしょう。

 しかし考えてみると、あれほど世界的に有名になった動物個体は歴史的にみてもいないんじゃないだろうか。私だって、新聞で少なくとも百回は見たような気がする。だから何となく情も移るのだろう。

 うちのバカ猫とは大違いだ。こいつが有名かどうかといえば、猫哲学の10人に満たない読者にしか知られていないのであるから、限りなく無名である。しかも名前さえまだない。しかしドリーとくらべてどちらが幸せかと考えると、はっきりいって、こいつのほうが気楽だぞと思うのだ。

 ドリーちゃんなんかかわいそうに、生まれてこのかた、とっかえひっかえ数かぎりない検査を受けさせられてばかりいたのだから、嫌だったんじゃないかな。検査といっても、血をとられるとか、レントゲン照射されるとか、検査薬を飲まされるとか。そのあいまのマスコミの撮影だってトレスだっただろうし。私だってそんなのはまっぴらゴメンだ。若死にしたのも、そのせいじゃないの?

 で、今回のお題はドリーちゃんなのである。クローンなのである。どこまでしっかり書けるかな?

 さて、クローンとは何か。その定義とは、「遺伝子的に同一な個体」というものである。だが、遺伝子的に同一ということを証明するためには、遺伝子とは何かがわかっていなければならない。当然のことであろう。ところが、遺伝子とは何か、それは本当はまだ何もわかっていないのだと書いちゃうと、みなさんは驚かれるだろうか。

 本論に入る前に、ひとつ面白いエピソードをご紹介しよう。

 いまアホバカ大国アメリカでは、あるペット産業が大繁盛なのだという。それは、「あなたの大切なペットの遺伝子を保管します」を売り物にした商売なのだそうだ。羊のクローンは成功したし、牛も猿もできたし、いずれは犬猫のクローン技術も完成するでしょう。その暁には、もしもあなたの愛するペットが亡くなったら、クローンで再生できるのですよ。そのときまで、愛猫又は愛犬ちゃんの遺伝子をお預かりします、ということらしい。

 私としてはこのあたりから大笑いが始まるのだが、いや、この商売、実にすばらしい着眼である。まず遺伝子を預かるっていっても、ただの細胞を保管するだけなんだから、設備投資は冷蔵庫だけでいいのだ。将来の犬猫クローン技術については保証していない。そして本当にすごいと思うのは、契約の書類にこんなことが書かれていることだ。

「クローンで再生された動物が亡くなった動物と完全に同じとは、保証できません」。

 こいつら、確信犯なのだ。アホなアメリカ人は、クローンで再生されたペットをしばらく飼ってみて、生前のペットちゃんとぜんぜん違うことに気付き、「ああ、この子は、死んだミミちゃんと違う!」などと泣き叫んで、それですめばいいが、次には必ず裁判に訴えるのが目にみえている。ああ訴訟社会アメリカ。なので、そこまで読んだうえでの契約書なのだ。

 遺伝についての誤解、発生についての誤解、ついでに個体とは何かについての誤解をごちゃごちゃにして、商売人はきっちり商売をし、バカはきっちり騙されるという、なんともはやアメリカらしい麗しいビジネスの世界ではある。でも、日本でもやってるという噂もきいたな。私は知らんが。

 さてクローンである。

 クローンとは遺伝子的に同一ということなのだから、遺伝子とは何かがわかっていなければならない。これは先にも書いた。では遺伝子とは何だろう。遺伝子=DNAだと思っている人がいるが、それはまるで認識不足。

 では、遺伝子とは何か。遺伝子の定義が一般的にはどうなっているのかと思って、まずは『日本国語大事典全28刊』日本大辞典刊行会(昭和49年)で調べてみた。広辞苑はこの前で懲りたので。

「遺伝子 染色体上にあり遺伝形質を発現されるもの。デオキシリボ核酸。DNA。あるいはそれとタンパク質の複合体で、染色体上に一定の順序で配列されている。」

 うう~、「染色体上に一定の順序で配列されている」とは、いかなる誤解から出てきた表現だろう。染色体とは乗り物でも土台でもないのだが。

 しかしまあ、そういう誤解も含めて、DNAが遺伝子だと思い込んでもしかたのない文章だ。念のため『言泉』図書印刷株式会社(昭和61年)でも調べてみたら、驚いた。一字一句同じ文章だった。コピーしていやがるんだ、こいつら。まあ、どうでもいいけど。辞典作りも商売なんやね。

 そのこともまあどうでもいいとして、上の定義で大事なのは、「あるいはそれとタンパク質の複合体で」という記述なんだけどね。DNAというものが単独で、それだけで何か機能していると思ったら大間違い。細胞内の染色体内の、複雑なアミノ酸の海に浮かんでいるのがDNAだとまあ、思いなさい。海がおおげさなら、風呂でもいいが。

 DNAというのは本来、その海だか風呂だかの中で、アミノ酸合成のための情報伝達をやっている、「よい子の移動図書館」みたいなやつとして発見された。アミノ酸という東海道53次絵巻の、版木の束と思えばよろしい。例が悪いので、ぜんぜん想像できないだろうな。

 ところで細胞は、生きていくために、細胞分裂ということをやる。細胞のなかの何もかもを二倍にして、二つに分裂するのだ。だからDNAも、ときどき二つに分裂しなければならない。このことは、19世紀にはすでに発見されていた。

 ところが現代、やけに顕微鏡が発達したおかげで、DNAの分裂がくっきりはっきりとらえられるようになると、生物学者たちは大声で叫び始めた。「DNAが細胞分裂を担っている」と。本当にそうだろうか。まず分裂の必要があって、分裂の条件が揃ったときに、DNAも分裂するんじゃないの、はは。アミノ酸が先かDNAが先か、この現代のニワトリ・タマゴ問題に気付いている人はどれほどいるのだろうか。

 そして問題は、先にも触れたDNAを取り巻くアミノ酸の海なのである。風呂でもいいけど。このアミノ酸が、クローンをつくる際に無自覚に使われているのだ。

 クローンなんて最先端科学みたいに思っている人が多いが、何のことはない、発生途中の卵子のDNAを注射器で吸い取って、身体の別のとこからとってきたDNAを注射し、卵細胞の発生が一定段階にまで進むと、母親の胎内に戻すのだ。

 なあんだ、馬の種付けとどこが違うんじゃい、と私は思ってしまうのだが、そういうケチのつけ方は下品なのでやめよう。※

※お馬さんの種付けも、現代では受精のプロセスは自然なんてものではなくて、試験管で卵子と精子を受精させて行われるのが一般的。それから胎内に戻すのです。知ってた?

 ここで気付かれただろうか。DNAを注射器でチュッと入れ替えるときにですね、例のアミノ酸の海も一緒にはいっていくということだ。生きているDNAだけを純粋に選択的に取り出す技術は、どこにもない。生きている細胞から生きているDNAを取って来ようと思えば、それを取り巻いているアミノ酸も一緒に持ってきてしまう。現代のクローン研究で行われていることは、DNA+アミノ酸複合体をごそっと卵子に放り込むという、かなりアバウトな荒技なのだ。※

※ここで、卵子の元DNAを取り出す際に、その周囲のアミノ酸のかなりの部分が残ってしまうことに注意。残ったアミノ酸と、入ってきたアミノ酸がが混ざってしまう。つまり、この段階で完全な同一性は補償され得ないというわけ。

 そして、そのアミノ酸の海が、風呂でもいいが、遺伝や発生にどう関係しているのかは明らかではないし、DNAとの関係もほとんど解明されていない。(これから解明されていく予定だそうだ)。要は、いまだほとんど解明されていない神秘きわまりない発生という過程に、「え~い、なんか知らんけど、いっとけー」とばかりにちょちょっと手を加えて、生まれてきたものをクローンと呼んでいるだけなのだ。本当にクローンをつくりたいのであれば試験管の中でつくるべきで、母胎の発生というブラックボックス的プロセスに頼っているようでは、真に科学的とはいえまい。

 なんでここまでアミノ酸のことをしつこくいうのかといえば、遺伝子とは何かという定義を問題にしたいわけよーね(広島弁)。燃焼系アミノ式の回転少女がかわいいとか、サントリー、そんな訳では当然けっして絶対にない。遺伝子のことがいいたいのだ。遺伝子なんてもの、いったい、本当にあるのか?

 遺伝子という言葉があるから、そーゆーモノが現実に存在すると思っている人が多いが、それは大きな間違いである。以下、ちゃんと述べようではないか。

 話をダーウィンにまで遡ると、子は親に似てくること、形質は世代を超えて伝達されることがすでに知られていた。そして、精子と卵子というちっぽけな細胞だけが子の発生の元になることも知られていた。これはすごいぞ、あんなにちっこい細胞のどこに、姿かたちを決める情報が入っているのだろうか。何か、その情報を司る物質があるはずだ。今はまだわからないけど、遺伝情報を担う物質のことを、「遺伝子」と呼ぼう、となったわけで、そもそもは仮説だったわけね。

 そいでもって生物学者たちは、「遺伝子」なる物質を求めて、細胞研究にいっしょうけんめいに取り組んだ。で、どうやら染色体がその物質らしいぞとなってきたのが20世紀はじめの頃。だんだんわかってくると、遺伝子という単一の物質はなくて、染色体内のいろいろな物質が入り乱れていろいろなことをやっているらしい、ということになった。

 そこで「遺伝子」なんて単一の分子や原子みたいな物質名称はまずいぞとなってきて、複合体を示す「ゲノム」という言葉が提唱された。あれれ、ゲノムってDNAじゃなかったの? と思われる方も多いだろうが、あの用法は誤用なのだ。新聞なんてぜんぶ間違えている。「ヒトゲノム解読プロジェクト」というのは誤名称の研究であって、あんなもので何かがわかるなんてはずはないのである、笑。

 ゲノムとは、正しくは1920年にドイツの植物遺伝学者H・ヴィンクラーが提唱した言葉で、遺伝子(gene)染色体(chromosome)の合成語である。彼は、卵または精子に含まれる染色体の一組をゲノムと呼んだ。複合体を示す、きわめて哲学的にして冷静な名称である。

 そのゲノムが流行の言葉になり、1953年、ワトソン&クリックがDNAの二重らせん構造を発見してから、その幾何学的な構造の見事さに幻惑された遺伝子業界は、DNAこそが遺伝子なのであるということに決めてしまったようだ。今ではゲノム=DNA。

 だが待てよ。ここに哲学的分析を行おうではないか。

 そもそも遺伝子の定義とは、遺伝という現象を司る最小単位のことであった。ところでDNAを取り出して試験管に入れておいても、何も起きない。DNAが機能するためには、その周りにあるアミノ酸が活性化した状態でなければならない。ではDNAとアミノ酸があれば何かが起きるのかというと、それだけでは何も起きない。生きている細胞という環境がなければ、機能しようがない。生きている細胞とは、この場合は発生途上の卵子のことである。では卵子があれば遺伝は起きるのかというと、それだけでは不十分で、母胎という環境がなければ発生は不可能である。ドリーちゃんの発生のために母親の母胎が必要だったのと同じことだ。さあて、だんだん落ちが見えてきましたかね。

 続けよう。母胎というものがそれだけであり得るはずもなく、女性が必要である。しかし地球上に女性が一人だけでいたとしても、それでは何も起きない。男が必要なのだ。それでは男女ペアが遺伝の最小単位かというと、人間の場合、適度の自然環境と最小限の社会が存在していなければ遺伝という現象は意味を持たない。それには、地球の存在が前提となるが、地球だけではどうにもならない。太陽が必要だ。太陽だけで充分かというと(以下、白鳥座まで…)。

 つまり、遺伝という現象に必要な最小単位とは、何のことはない、宇宙のことなのだ(爆笑)。

 なぜこんなに奇妙なことになるのかというと、もちろん、最初の問いの立て方が間違っているからである。遺伝を司る最小単位など存在しない。遺伝という、宇宙が全体でやっていることを、小さな物質的なものに還元しようとした最初のスタートが、間違いだったのである。哲学はこういうことを簡単に見破ってしまうが、生物学業界やマスコミは騙されたまま、これから私たちをどこへ連れていってくれるのだろうか。

 DNAは情報の倉庫である。情報は必要なものだが、それだけでクローンが出来てしまうと考えるのは、たとえば図書館に建築学の本が置いてあればそれだけで、建築資材も大工もないままに、勝手に建築物ができると考えるのと同様な、幼稚で短絡した考え方である。大人はそんなことを信じてはいけない。

 そんなわけで、「遺伝子」のことなど本当は何もわかっていないのだから、完璧なクローンなど今のところ絶対にできるわけのないことは、ご理解いただけたろうか。だが「クローン技術」というのは役に立つ。遺伝子操作というが、つまりDNA操作のことだが、医学、農業、牧畜等々、部分的な技術を洗練させていくと、けっこう金になる。

 最も金になるのは医薬の世界で、だから「ヒトゲノム解読」にあれほど躍起になったのもわかろうというものだ。要は製薬会社の利益のために、税金をつぎ込んだプロジェクトだったのだ。その証拠に、あのプロジェクトはヒトDNAの90%を解読した時点で、「成功した」と宣言して終了してしまった。残りの10%は解読不可能なのだそうだ。ふつう、そういうのは「失敗」というんじゃないかねえ。でも医学界、製薬会社にはこれでも充分なのだろう。確かに、解読されたデータは製薬や遺伝病治療にとっては宝の山だ。それは認める。しかし、「ついに解読完了」と書いた新聞はどうなのよ。頭パーではないの。

 話はずれるが、あの解読プロジェクトの途中、メンバーの一人がいきなり離脱して遺伝子解読の会社をつくり、その会社が解読したDNAコードを独占的にパテント登録しようとした。委員会はさすがに慌てて、何をしたかというと、莫大な税金をひきずり出して、スピード競争でその裏切り者に競り勝ったのだが、私はその話を聞いていて奇妙な気分になった。

 ある日突然、偉そうなアメリカ人が私に近づいてきて「あなたがいま生きるために使用中の遺伝子コードは、わが社にパテント登録されています。不法使用を認めますね」と言われたらどうすればいいのだろう。素直に使用料を払うしかないのかな。これって、神より強欲であるね。これがアメリカ人の正体なのだ。こいつらとは、ホントつきあいたくない。ほへ。

 閑話休題。結論へいこう。現在の科学の水準ではクローンなど夢物語である。世間ではクローンができたできたと騒いでいるが、あれは「DNA的に同一」であって「遺伝子的に同一」なのではない。遺伝子=DNAであることを証明した人はだれもいない。証明など不可能である。明白に、カテゴリーエラーなのだから。そのことはすでに論証した通りだぎゃ。

 多分、大半の生物学者たちはこのことをわかっているだろう。しかし概念が混乱したままのほうが、金になることに気付いている。例の「ヒトゲノム解読プロジェクト」の終了宣言に、ブッシュ大統領と小泉首相が「人類史上のエポックである」と賛辞を送ったように、アホは騙しておくほうが金になるのである。これが現代科学の生の姿なのだ。

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 私の姉は、アホではないが科学に弱い。「うちの○○ちゃんは目がきれいなブルーで優性遺伝なのに、しっぽが曲がってて劣性遺伝なのよねー」などとうれしがって猫自慢をする。おいおい、ブルーアイは劣性遺伝だぞとつっこみたくもなるが、この相手にそういう無駄なことはしないのが私の処世術である。

 ことほどさように遺伝というやつは、誤解されている。優勢遺伝というのは出現しやすいありふれた形質のことであって、優れた形質のことではない。劣性遺伝というのも、出現する確率の低い形質をいうのであって、能力的に劣った形質の遺伝ではない。

 だけど、そういう意味では、うちのバカ猫は優勢遺伝の塊だな。つまりどこもかもありふれている。特徴というものがない。優等生の塊なのだ。よかったな、おい。

 ありゃりゃ、あっちへ行っちまった。悪口をいわれたことに気がついたらしい。

※後日、△△さん(微生物関係の博士)からご指摘があり、「アミノ酸の海」というのは正しくない。それ以外の物質もある。「原形質物質」というべきだ、とのご指導がありました。さすが専門家はちがうわ。本文は修正しませんが、意味としてはそういうことです。ありがとうございました。

[上の文章は、約4年前に書いたものです。]
[original from 【猫哲学HP】 http://nekotetu.com
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