2009年1月26日月曜日
【猫哲学43】 ナマズがむずむず 2。
猫┃哲┃学┃の┃お┃部┃屋┃μ┃
(2004/06/18)
俗説だが、ナマズには地震予知能力があるという。
ナマズについては本当かどうかは知らないが、鳥はかなりその能力がありそうだ。阪神大震災の前夜、私の母は真夜中にカラスがギャーギャー鳴くのを聞いたし、ある本によれば大地震の直前、鳥という鳥がいっせいに飛び立って空を暗く覆ったという。
なんでそんな話になるのかというと、ここしばらく地震の速報が少ないのである。それでかえって不安になってしまう私は、やはり阪神大震災のトラウマから脱しきっていないのだな。でも、大地震の直前には小地震は減るというしな。
で、突然ですが、猫には地震予知能力があるか。
私の姉は、阪神大震災の当時いまのとは別の3匹の猫を飼っていた。あの地震の前夜、1匹はテレビ台の下にもぐりこんでおびえていたが、残りの2匹はくか~っとのんきに寝ていたそうである。そこから考えると、猫には予知能力があるかもしれないが、猫による。これが結論。
うちのバカ猫にそんな能力があるかどうかは知らないが、多分まあないだろうな。ヤツがうちに来て以来、大きな地震は起きていないので、なんともいえないのだが。
もう少し根源から問いかけてみよう。猫に地震予知能力は必要か。
地震といっても、関東大震災や阪神大震災のクラスのものとしておこう。地球はその程度のものとは比較にならない超々大規模カタストロフィも経験しているのだが、そんな話を持ち出せば文明の消滅まで語らなくてはならなくなるので、ここではやめておく。(そういう話もけっこう好きではあるが)。
で、その条件で考えたとき、猫に地震予知能力は必要だろうか。
そのレベルの地震がくれば、猫は大地とともに揺さぶられてぶったまげるだろうが、それ以上の影響はないんじゃないかな? あの程度の地震では地滑りはほとんど起きていない。(無茶な住宅造成をした土地でひどいことが起きたが)。震源の淡路島にできた野島断層だって高さ2メートルばかりのもので、その程度の段差など、猫はひょいひょいと乗り越えて終わりだ。べつに命の危険があるわけでなし、大地に何の変わりもなければ、猫の生活には、なんの不自由も生じないのである。
(私はいま、野生の平原猫の話をしている。都会の飼い猫であれば、飼い主の生活が激変してしまうから、このような話にならない。ここでは猫の本能の成立についての話をしているので、飼い猫はとりあえず無視しといてね)。
つまり、あの程度の地震では大地そのものはさほど傷つかないので、猫の生活にほとんど影響はない。だから、そのような揺れに対する予知能力は必要かというと、ぜんぜん必要ないと思う。震度7の地震など、猫にとってはジェットコースター以上の意味はもたないはずだ。やつらにとっての地震とは、つまりその程度のものだ。
(津波の心配はどうする? とおっしゃる方もいるかもしれない。しかし野生猫というやつは、海岸近くにわざわざ好んで住んだりしないものなのだ)。
5000人もの犠牲者を出した阪神大震災の記憶も未だ消えないにもかかわらず、地震のことを「その程度のもの」とは何だ、不謹慎だぞという声もきこえてきそうだな。ではそんな人のために、人間にとっての地震というものを根源から問いかけてみたい。
人間の生活がもっと原初に近かった頃のことを想像してみよう。最低限の栽培と採集と狩猟で暮らしていた頃。家は粗末な木か竹でできたもの。そんな環境で震度7の地震に襲われたからといって、それがいったい何ほどのものだろう。地形が少々変わるくらいのことで、生活にはほとんど影響しないだろう。家がこわれるかもしれないが、そんなものすぐに作りなおせる。多少のけが人は出るかもしれないが、命がどうというほどのものではないだろう。原初生活をしていれば、地震とは、大した被害をもたらすものではないのだ。台風のほうがよほど恐ろしいものかもしれない。
つまり本来の人間にとって地震とは、それほど被害をもたらさないはずのものなのだ。自然に即して生きているかぎりでは、無視してもかまわない現象なのである。(津波はまた別の話で、しかし地震という予兆があるので、回避することが可能だ)。
では、なぜ現代では地震はカタストロフィなのだろう。それは、文明というものがそういう方向に進んでしまったからだ。
ここで、ちょっと昔の話をします。
江戸時代末期、桜田門外の変=井伊大老暗殺事件で有名な安政年間、東京はものすごい巨大地震に見舞われている。どんなにすごいか、まずは数字でみてくださいね。
安政1年11月4日、M8.4
同年11月5日、M8.4
同年11月7日、M7.9
安政2年 6月9日、M6.9
ひえ~、阪神大震災(M7.2)より大きいのが4日のうちに3回、たて続けに起きたのだ。その場にいたとしたら、この世の終わりかと思うよね。で、その翌年にもまたそこそこでかいのが起きたんだけど、では通算4回の安政大地震で、被害がいちばん大きかったのはどれだと思います?
実は、4つ目です。いっちばんマグニチュードの小さいやつ。前3回では持ちこたえたんだけど、4回目では火災が発生してしまった。江戸の町というのは、戦乱となれば江戸城の防御に利用するためわざと入り組んだ迷路のような町並みにつくられている。そこにひしめきあう木造家屋となれば、火災に弱くてあたりまえだ。安政2年の震災では4000人ほどが亡くなった。ほとんどが火災の犠牲者である。
当時の江戸は200万人以上の人が住む世界最大の都市だったが、多くの犠牲者を出してしまった理由は、地震そのものが直接原因というわけではなく、江戸という都市文明だったのだ。
阪神大震災でも、ほとんどの犠牲者は長田町に発した火事によって亡くなっている。しかも火災原因は、電気のショートによるものだといわれている。つまり人間を殺すのは、地震でなく文明だということがおわかりいただけただろうか。
日本は不幸なことに、明治維新以来、地震の被害をあまり受けたことのないヨーロッパ文明(例外はある。それは後述)をやみくもに受け入れてしまった。そのために、地震の被害は文明が進むほど大きくなりつつある。安政2年地震の80年後に起きた関東大震災では、10万人の犠牲者がでた。安政のときと違っていたのは、ヨーロッパ化された文明の形である。
もっと西洋化された現代だとどうなるか。想像するだに恐ろしい。
もしも阪神大震災が午前5時49分でなく午後7時に起きたとしたらどうなっていただろう。考えると恐ろしくなるが、その被害者は数10万人に達したと思う。倒れた高速道路は車であふれ、落ちた新幹線の橋桁には時速200キロで満員の新幹線が通りかかる。阪神電鉄も阪急電車も神戸地下鉄もラッシュアワーだし、倒壊したビルには多くの人がいただろう。国道2号線と43号線は渋滞した車に次々と火が回って、火炎の帯となったに違いない。そこから派生する火事を考えると…、それは長田町の火事の比ではないことくらい想像できるでしょう。
地震が人を殺すのではない。文明が人を殺すのだ。日本人は、本当は文明の形を考え直す必要があるのだが、そんな理想は永遠に実現しないのだろうな。こんなことをいう政治家なんていないし。まあいいか。理想を語るのも、哲学の大事な役目なのだから、とりあえずいっとこ。
イランやイラクで地震が起きると家がこわれてたくさんの死者がでるが、あの地域では紀元前に森を伐採し尽くしてしまったので、泥レンガ以外の建築材料が手に入らないのだ。だから、家屋はちょっとした揺れにさえもろく崩れやすい。これもまた、文明が人を殺すという実例といっていい。
日本に生きるかぎり、明日にも地震は起きるかもしれない。それは止めることも防ぐこともできない。でもまあ、いいじゃないの。覚悟さえあれば、後はなんとかなるもんです。
阪神大震災で価値観が変わったという人が多くいる。大切に集めてきた食器や家具がこわれてしまい、どうやって生きていこうかなんて呆然としてしまったんだとか。
私にいわせれば、そんなことくらいで揺さぶられるようなヤワな価値観など持つなよってことだ。(私も震度7の経験者だ。一生自慢してやるんや、へへへ)。
大切なものはこの心のなかにいっぱいある。これだけで充分ではないか。どんな巨大地震がこようと、これだけは失われることなんて絶対にないのだ。もしも地震で死んだとしたら、それはそのときのことさ。猫をみてごらんなさい。なにも持たず、なにを思いわずらうこともなく、のほほんと遊んで寝て暮らしている。これと同じだ。わかる? わからないかもな。でも説明しないのだ。わっはっは。
あ、なんだか結論みたいになっちゃったな。
最後に、ヨーロッパ文明が地震の被害をほとんど被っていない※と前に書いたけど、例外はある。その物語を書いておこう。
(※ギリシアやローマの古代円柱や水道橋が立派にいまでも立っているのがそれを証明している。日本だったら、ひとつ残らず倒れちゃっているだろう)。
1755年11月1日、ポルトガル。リスボン港の鼻先を震源とする地震が起きた。
その日はたまたまキリスト教の「諸聖人の日」という祭日にあたっていたので、街中の善男善女はすべて礼拝のため丘の上の教会に詰めかけていた。その教会がまず倒壊。瓦礫の下に埋まって一瞬のうちに死んだ人は数千人といわれる。
次に港と下町を津波が襲った。高さは9mとも15mとも。これで丘の上を除いてリスボンは全滅した。同時に発生した火災は6日間も燃え続け、さらに被害を大きくした。
死者は少なくとも6万人といわれている。当時のヨーロッパの大都市なんて人口はせいぜい10万人前後のものだから、事実上リスボンという都市そのものが壊滅したといっていい。人口150万の神戸市で5000人が死んだということとは、まったく次元が違う。
ポルトガルという国は、スペインと全世界の海洋を2分して支配することをバチカンから認められた、大覇権国家だった時代がある。ブラジルやアルゼンチンをはじめ南米大陸全体がポルトガルの持ち物だったのだといえば、そのものすごさを理解していただけるだろう。最盛期にはアフリカの金、インドの香辛料、南米の染料が大量に流れ込み、首都リスボンは世界一の大商業都市だった。だいたい16~17世紀の頃のことだ。
その後さまざまな盛衰はあったが、18世紀のリスボンはまだまだ世界的商業都市の面目を保っていた。そこへあの大地震。この後ポルトガルは、スペインや英国に比べると大きく見劣りする小国におちぶれていく。
ポルトガルがたった一度の地震で失ったものは、ただの人的物的被害だけではなかった。あの大地震は、ポルトガルという一大覇権国家の栄光を、一瞬のうちに葬り去ったのだ。おそらく永遠に。
ファドという歌の哀しみは、ただの郷愁ではない。あまりにも突然、そして永遠に失われてしまった、ひとつの覇権国家の青春への慟哭なのだと私は思う。その国家の青春時代を構成していた光に満ちた時代、人間たち。誇りや、喜びや、希望や、愛や…。それら二度と帰ることのない幸福な日々への、哀愁に満ちた鎮魂歌なのだろう。
ちょとブンガクしてしまいましたにゃ。へへ。
だからね、日本みたいな超地震国で、西洋文明の真似ばっかりしてたらね、いずれポルトガルみたいになっちゃうよ。毎日ファドを歌って暮らすのも悪くはないかもしれないけどさ、もっと悲惨な未来が待ってますよ。
その恐れと可能性は、もう秒読みにまで入っているのだ。
(なんのことかわからへん? うん、そうかも。メールをくだされば、本当のことを教えてさしあげますです。ヒントは、浜岡原発。でも怖くなってもしらんけど)。
というところで、今回はいい足りてないけど、強引に終わり!!
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そんな話をとある美女としていたら、彼女はこういった。
「でもファドって、きれいじゃん」
「そうさ。哀しみは、きれいなのだ」
「あら、いいこというわね、あなたらしくもない」
ちくしょう! バカにしやがって。しまいにはどつくぞ、こやつ。
[上の文章は、約4年前に書いたものです。]
[original from 【猫哲学HP】 http://nekotetu.com/]
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