2009年1月25日日曜日

【猫哲学8】 猫鬱。

 
       猫┃哲┃学┃の┃お┃部┃屋┃μ┃


 わが家の猫は電気掃除機が苦手である。

 ウイ~ン、ゴーゴー。私が掃除を始めようとて掃除機のスイッチを入れると、すっとんで消えていなくなる。たぶんベッドルームの戸棚に登って震えているのだろう。

 このとき、彼が感じているのは恐怖である。私にはよくわかる。彼くらいの小型の猫族の天敵といえば、ジャッカル、ハイエナ、中型の山猫などだが、そういう動物の大きさとわが家の掃除機の大きさはそっくりなのだ。そんなやつがいきなりガーッとうなり始めるのだから、彼の恐怖は当然のことだろう。むしろ恐怖を感じて、とっとと逃げる彼の行動は、自然で健康的といっていい。

 ところで恐怖とはなにか。ちょっと考えてみた。

 言葉でいくら説明しようとしてもうまくいかない。恐怖とは、いきなりどわーっとガーッとやってきて、ひええ~っ! となるあの気持ちである。

 私はこの感情を説明するのに、「森虎ケース」というのをよく例に出す。

 あなたがひとりで森を歩いていたら、いきなりでかい虎に出会ってしまった! とする。
「あ、虎だ。やばいかもー。逃げたほうがいいかなー。右がいいかな、左がいいかな、どちらに走ろうかなー」なんてことをのんきに考えているようでは、あなたはまず生き残れない。もうやみくもに、脱兎のごとく逃げ出すのが正解で、恐怖というのは、あなたにそういう行動をとらせるべく生得的に組み込まれた、生き物としての正しい反応なのだ。あなたの意志や考えとはまったく関係のないメカニズムで、あなたの心にいきなり発現してくる生体反応なのである。うわ、論文みたいやな。

 だから、恐怖はコントロールできない。コントロールできる人もたまにはいるが、その人の場合は、初めは恐怖だったけどいつか慣れてきて別の感情になっている何かであって、すでにそれは恐怖ではない。いつ出現するかわからず、なにが出現の引き金になるかはあらかじめ想定できないので、そもそもコントロール不能なのが恐怖というものなのだ。

 なんでこんなことを書き始めたのかというと、鬱病について思うところがありましてね。

 さいきん、私のまわりで増えているのだ、鬱病の人。それもすべて女性。女性はこの病気になりやすい体質なのかな。

 あるレストランのフロアをとりしきっている女性は、得意客に毎日毎日何回も「ブタ、ブタ、ブタ」といわれ続けて、1000回くらいいわれた頃にどーん、と恐怖につかまってしまった。

 たいしたことのない虐めでも、何度も何度もしつこく繰り返したら鬱病の原因になることの典型的な例がこれ。「忍法=質より量」という。私もいやなやつがいたら、ぜひ実験してみたいものだ。そうだ、てっとり早くうちのバカ猫でやってみようかな。

 おい、なんだよ、その目は。ちょっと考えただけじゃないか。そんなことしないから、安心して寝てなさい。

 ふう、バカなわりには勘のするどい猫だよ、まったく。

 えっと、なんだっけ。そう鬱病の話だ。

 私の知り合いに超美人の企画屋さんがいるが、彼女は会社で悩み、お得意さんで悩み、プライベートでも悩み、毎夜ベッドの上で抗鬱剤を飲みながらボロボロ泣いているそうだ。

 これがいかにも鬱病の典型といえますね。悩んで、苦しんで、どツボにはまって、というよくあるパターン。

 さて、そんな鬱病の人がウツっているとき、彼女の心の中ではいったいなにが起きているのか、わかるだろうか? 彼女たちは、純粋な恐怖を感じているのだ。なににたいする恐怖かって? よく質問してくださいました。そこんとこがズバリ本質。彼女たちは、対象がないのに恐怖を感じているのである。

 この恐怖が、森の中で出会った虎とか、包丁を持って立っている男とか、しごくまっとうな対象を相手に発現しているのであればべつに問題はないが、というか、恐怖を感じてとっとと逃げろよなのだが、なんの理由もなく突然に恐怖が発現する場合があって、これが鬱病の正体なのだ。医者はそんなこと教えてくれないけど。

 鬱病の人の場合、恐怖は突然にやってくる。予兆はなし。理由もきっかけもなし。私の知り合いの女性の場合なんか、自家製メロンパンづくりにチャレンジして、上手に焼き上げて、やったーおいしそー、さあ食べよー、と思った瞬間にどーん、とやってきたそうで。メロンパンと恐怖との因果関係なんて考えても無駄でしょう。

 そこにあるのは、純粋の恐怖。理由も意味もなんにもない。鬱病のことをよく知らない人は、元気を出しなさいよとか、そんなにくよくよ悩まなくても…とかアドバイスをしがちなんだけど、それではなんにもならないどころか、苦しんでいる人の内面に責任を負わせることになり、かえって追いつめてしまう。
 彼女たちは、襲ってきた恐怖を恐怖そのものとして苦しんでいるのであって、そうなるきっかけとなった悩みやトラウマは、このさいどこかにおいといて対処する必要がある。

 そういう際のアドバイスとしては、背中をとんとんしてあげるとか、(人によると逆効果になるので注意)、あったかい紅茶でもいれてあげてゆっくり飲ませてあげるようなことが励ましになります。

 さて、なぜこんなことが起きるのだろうか。医学の世界では、鬱状態にある人の脳の中では、ノルアドレナリンやβエンドルフィンといった神経伝達物質が、通常の20分の1以下にまで低下していることが知られている。それと恐怖がどう結びついているのかは、わからない。物質は物質、心は心だから。ただ、そういう対応関係があることを知ることによって、対処のしかたが研究されてきた。

 脳神経伝達物質を合成して補うということは、いまの技術ではまだできないが、伝達物質を受けとめる脳細胞(受容体という)を興奮させて量の低下を補うことはできるようになった。そのために飲む薬がつまり抗鬱剤。

 抗鬱剤は、効く人にはたいへんよく効く。何百種類もあって、人によりどれが効くかは異なっている。お友だちに鬱病の人がいたら、怖がらないで病院に行きなさいって教えてあげてね。精神科じゃなくて心療内科というのがあるから、そっちだと気楽に行けますよ。まず薬で楽になること、これが鬱病と戦う第一歩です。

 なんの話だっけ。あ、鬱病と恐怖の話でしたね。対象のない純粋の恐怖。いやだいやだ。

 これを読んでいるあなたも、一度くらいはそういう感情を経験したことがあるのではないだろうか。またまた私の知り合いの女性だが、「虚無が襲ってくる」といってベッドでガタガタ震えているという。半年に一度程度のことなので、我慢すればいいやと思っているのだそうだ。元々が元気な人なので、耐えることもできるのだろう。

 私は二年に一回くらいの周期で経験しているが、あいにく上記のようにそれがなんなのか理解してしまっているので、お、来やがった、やれやれ…と思ったらすぐに治ってしまう。なんだか残念だ。もうちょっと遊んでくれてもいいだろうに。おっと、不謹慎やね。

 鬱病になったまた別の女性は、猫を飼っている。うちのと同様かなりのバカ猫らしいのだが、彼女がウツっているとそっと寄ってくるのだそうだ。良いヤツではないか。

 鬱病だけではなくて、精神の障害を治療するのに猫はよく使われる。アニマルセラピーってやつですね。かなりの治療効果があるらしい。ひとつ問題なのは、その猫が、治療に使われていくうちに鬱病になってしまうことだ。(笑っちゃいけませんよー)。だけど心配ご無用、その猫を癒すカウンセラーもちゃんといるのです。でも、そのカウンセラーが病気になったら…。やっぱり猫で治療するのかな?

 おいバカ猫、おまえの就職先は決まったぞ。おっと、こいつにはムリだろうなあ。やめといてやるか。なんだその目は。あそうか、メシがまだだったな。よっこらしょっと。

[上の文章は、約4年前に書いたものです。]
[original from 【猫哲学HP】 http://nekotetu.com
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