2009年1月25日日曜日

【猫哲学17】 猫と小判。

 
       猫┃哲┃学┃の┃お┃部┃屋┃μ┃



 「猫に小判」、という。

 これの意味によく似たものを、次の3つから選びなさい。

 1.「馬耳東風」
 2.「釈迦に説法」
 3.「豚に真珠」

 こんなことを聞かれたら、誰だって「3」と答えるだろう。だが最近の私は、「2」が正しいのではないかと思いはじめている。

 つまり、こういうことだ。猫のごとき高貴な存在に小判などという下世話なものをみせても、失礼なだけではないか。猫は小判の価値などという人間じみたバカらしいものに、はじめから興味をもつはずがない。そういう神を汚すような行いはやめたほうがいいよ、そんな意味に感じはじめているのだ。

 おいこら、きさまはふだんから、その猫のことをバカ猫、駄猫とののしっておるではないか、なにが神だ、矛盾しているぞとお思いかもしれない。しかしなにも矛盾はない、ヤツは神にしてバカ猫なのである。このことは、わかる人にはわかるはずだ。だからここでは解説しない。

(どーしても納得できない方は、メールをください。詳しく説明いたします。)

 でも、よく考えると、最近は猫より神のほうが下世話だね。どんな宗教団体でもいい、ちょっとのぞいてみたらすぐわかるが、ありがたいお説教は二の次、金カネかね金カネかね金カネかね金カネかね金カネかね金カネかね金カネかね金カネかね金カネかね金カネかね金カネかね金カネかね金カネかね金カネかね金カネかね金金金金ゼニ金金金金金金金金金、金をもってこーい、だもんね。神さまはいったい、そのお金を何に使うつもりなのだろう。天国にも通貨制度があるのかな。じゃあ、為替レートは円換算でどの程度なのだろう。冗談ですよ、もちろん。

 というわけで、今回はお金の話なのである。猫にはぜんぜん関係ないのだった。あ、いつものことか。
 むかし日本は、黄金の国ジパングと呼ばれていた。

 これを、ただの伝説だと思っている人は多いだろうが、どっこい、これは本当のことだった。日本は黄金まみれの国だったのだ。知ってた?

 古くは奥州平泉藤原一族の金色堂。金閣寺は誰でも知ってる。奈良の大仏さんだって誕生した当時は総金箔張りのキンキンラキンだったんだよ。

 ヨーロッパ人に衝撃を与えたのは織田信長が築いた安土城で、巨大な天守閣の瓦は金箔で輝いていた。きりしたんばてれん野郎どもは腰をぬかしただろうな。ちょうどこの頃がいわゆる大航海時代にあたっていたから、ガイジンは日本にたくさん来ていたのだ。鉄砲とかキリスト教とか、いろいろぶっそうなものを携えて。

 信長の亡きあと、安土城をもっと壮大にまねたのが、豊臣秀吉の大坂城。史上最大、八層の大天守閣の瓦すべてを金箔で覆ったものだからたまらない。気象条件がよければ四国からもキンキラキラ光って見えたという。当時、ばてれん連中は九州から瀬戸内海を経て都を訪問するのが一般的だったから、大坂城のギンギンギラギラは、海路岡山沖あたりからはるか遠く見え続けていたに違いない。「あれはいったいなんじゃ、たまげた~」というのがヤツらの素直な気持ちだったことだろう。

 そればかりか秀吉は、天正大判というギネスブックものの世界最大の金貨をつくり、ばてれんどもに土産として持たせてやったりした。よせばいいのに、悪党どもの本性に火をつけるようなもんだ。

「日本をやっちまおう」。毛唐どもがその欲望をたぎらせ、未来の日本支配を決意したのは、きっとこの頃のことだろう。その熱き欲望は、米帝国による日本支配、資産の流出という形でいまや現実のものとなっている。

 ところでその頃、日本の通貨は銀が一般的だった。これにもまた毛唐どもはびっくり仰天し(欧州でも銀は通貨だったが、日本の場合、その量が半端じゃなかった)、日本人にくだらないものを売りつけてはせっせと銀を持ち帰った。

 この銀の流出は、さすがに日本国内でも問題にされたようで、江戸幕府が鎖国を決めたのは、案外このあたりに原因があったのではないかと私は想像している。

 ね、日本がどんなにすごい金大国だったか、だんだんわかってきましたですか? まだまだこれからだよ。

 そして江戸時代、日本では、貨幣としてなんと金貨が流通していたのである。そう、小判。それに大判も。これは空前絶後、世界中の歴史をみてもこんな例はない。ヨーロッパでも金貨はつくられたが、それは帝国や王の威信を記念するためのもので、とても流通するほどの量ではなかったし、金貨というものは金持ち貴族が財産保全のために宝箱にしまいこみ、世の中には出てこないものだった。

 その金貨が、であるな、江戸時代の米や海産物を商う現場では、チンチンじゃらじゃらただの貨幣として使われていたのだ。考えれられますか、このすごさが。

 毛唐どもは、この日本の金がほしくてほしくてたまらない。でも徳川幕府は鎖国しちゃっているからどうにもならない。それでも、南米での簒奪が一服ついて(つまり儲からなくなって)、大国中国をもやっちまった1800年代中頃、いよいよ日本に魔の手をのばしてきた。

 まず長崎に、ロスチャイルド配下ジャーディン・マセソン商会の代理人トマス・グラバー@スコティッシュライトを送り込み、日本分断、江戸幕府転覆工作を開始する。グラバーに金をもらって幕府転覆を謀ったエージェントは数多くいただろうが、代表例として坂本龍馬をあげておけば十分だろう。

 その一方で、米帝国海軍東インド艦隊提督黒船ペリー@マサチューセッツロッジが軍艦を並べて江戸湾に到着、大砲をぶっぱなして開国せんかいおらおらと迫り、やがて日本は支離滅裂な状態になっていくのでありました。

 その結果、開国、大政奉還、明治維新と続き、そのどさくさに諸外国と通商条約が結ばれる。不平等条約といわれていまでも悪夢とされるその条約が、いかに一方的屈辱的売国的なものであったか、ここでは語りたくもないが、そうした欧米ハゲタカ有利の条件下で起きたことはいうまでもなく金の流出であった。

 日本の金(=小判)はどんどん持ち去られていったのだった。かつてふつうの商人ならふつうに持っていた小判が不足し、結果として悪性のインフレとなる。江戸時代末期が貧困のイメージとともに語られることが多いのは、このインフレのせいであろう、と研究者でもない私はいってしまうのだ。たぶん、当たってると思うよ。

 その一方、チンチンじゃぶじゃぶジャラジャラと欧州に流れ込んだ日本の金は、かの地でも金相場を大混乱させ、金の価格は20分の1にまで落ち込んだという。

 どうですか? 黄金の国ジパング。それは本当のことだったんだってわかっていただけました? でもそれは昔の夢。今の日本は金大国でもなんでもありません。べつにどうでもいいことなんだけどね。
 それにしても、ああ、それにしても、毛唐の金への執着は異常だな。ただ金がほしいというだけでアステカ帝国を滅ぼし、インカ帝国を滅ぼし、ひたすら金をふんだくるばかり。南アメリカ大陸全体で、あの頃4000万人が殺されたという。たかが金のためにそこまでやるか。なんで金というだけでかくも下品になれるのか、日本人にはぜんぜんわからない。でも連中は、そのことが当たり前のことだと思っているのだよ。用心せよ、日本人。今さら遅いか。

 そもそも金なんて、そんなにいいもんかな。きれいだという人が多いが、他にも輝く金属はたくさんあって、私は特別に飛び抜けて金がどうとは思わない。というか、下品やないか、あれ。きれいというのなら、銀のほうがちょっと好きかも。でも、新10円玉の赤い輝きも捨てがたい。ああ、そんな話でいうならピカピカの1円玉の白い輝きも、ちょっといいかも。

 金が役に立つという面では、よく電気を通すので最近の精密機器の接触部分にはどんどん金が使われている。あなたの携帯電話の電池をはずして見てみるといい、端子が金色でしょう。そういう面ではえらいやつだと思うが、一民族一帝国を滅ぼしてまで手に入れたいほどのことではあるまいよ。

 毛唐どもの金への執着は、いったいなんなのだろう。連中がいかに金に執着しているかの象徴が、米国ケンタッキー州、フォート・ノックス基地である。ここには難攻不落の軍事要塞があり、その地下金庫に金塊が蓄えられている。それはそれはものすごい量の金塊で、全世界の金の総量の半分がここに眠っているという。それを世界最強のアメリカ軍が守っているというわけだ。

 安心安全だからという理由で、諸外国もここに金を預ける例が多い。馬鹿だねえ、盗賊国家アメリカに金なんか預けて、返してもらえるとまさか信じてるの? 断言しますけど、ぜったいに戻ってこないよ。日本もその愚かな国のひとつなんだけど。

 そんないきさつもあって、実はフォート・ノックスに眠る金塊の量はどんどん増え続けている。そして、二度と永遠に地上には出てこない宿命なのだ。というか、その金が世の中に出てくる必要のあるときといえば、経済パニックによる世の終わりのとき以外にないのだ。そのことくらい、ちょっと経済学をかじった人ならわかるだろう。

 ここまでくると、私は笑い出したくなる。世界最強の要塞地下に眠る金塊の大集団。見ることも近づくこともできず、流通もせず、使われることもなく、ただ備蓄されるだけの金塊の大群。ここはあえて大阪弁で評しましょう、「ないのといっしょやんけ」。(注1)

 無価値なのだ。最も大切に扱い、必死で守ろうとした結果が、そのもの価値を消してしまっているという例。ここでまた、先の疑問に戻るしかない。毛唐どもは、なんでそんなに異常に金が好きなんだ。

 もちろん、私は答えなど持っていない。知らないのだ。知らないものは知らない。ただ、毛唐という連中のどうしようもない性癖と、それにまきこまれた日本の運命というものに、少しなりとも認識と感慨をもっていただければと思っただけのことだ。

 そこで冒頭の話題にもどろう。

 「猫に小判」 「ガイジンに黄金」

 こうして並べてみると、高貴で神聖で上品な態度をとるのがどちらであるかは歴然としている。やはり猫というのは、ちょっとたいしたやつなのであった。いや、反対に、ガイジンがダメすぎるのかな。

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 後日こんな話をある美女としていたら、彼女はいった。

「でもあたしは金が好き。婚約指輪は金ときめてるもん」

「ふーん。じゃ、結婚指輪は?」

「そんなもの、いらないわよ。結婚なんかしちゃったら、婚約指輪を集められないでしょ」

 ???…。やっぱり私は、女の価値観というものが、もうひとつわからないのであった。

(注1) 存在するというだけで銀行の信用を創造しているから、無価値ではないと経済学かぶれなんかはいうだろうが、違うよ。今じゃ金本位制をとっている国なんてほとんどない。金なんかなくてもお札は刷れるのだ。金と経済の結びつきなんて、本当は幻想にすぎない。いまの時代をあえて表現するなら、石油=軍事力本位制かな。


[上の文章は、約4年前に書いたものです。]
[original from 【猫哲学HP】 http://nekotetu.com
[mail to:nekotetu@mbr.nifty.com]

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