2009年1月27日火曜日
【猫哲学72】 記憶について。
猫┃哲┃学┃の┃お┃部┃屋┃μ┃
(2005/07/30)
(今回は、猫は登場しません)
なぜ記憶なんてものがあるのだろう。
記憶がなければ目の前のものがなんであるのかも認識できないから、食事もできないし道も歩けない。人間関係だって不可能だし、だいいち言葉も話せない。生きることと記憶ということは、ほぼ同じ意味でさえある。そんなことはもちろん知っている。
時間というものは、記憶が生成しているのだということも、猫哲学2で書いた通りだ。
そんなことも知ってはいる。
でも、なぜ記憶なんてものが必要なのだろう。より正確にいうと、なぜそうした構造のなかでしか生きられないのだろう。
こんな問いに答えがないことも知っている。
だけど、ついつい問いかけてしまう。古い昔の記憶が、いきなり生々しくよみがえってきたりするときに。
私は冬ソナのヒロインの気持ちがよくわかる。失った人の思い出なんて忘れなさいと誰もが言うけど、忘れられるものなら忘れたいのだ。それができないから苦しい。記憶というのは、意志の力でどうにかなるようなものではない。どうにかできるものなら、誰だってとっくにどうにかしているだろう。
時が経てば忘れるというのは嘘だ。あれから20年以上も経つのに、すべてはそっくりそのまま私の心のなかに残っている。
記憶が嘘をつくというのもただの俗説だ。私はあのときのあらゆることを細部にわたって正確に思い出すことができる。思い出したいなんて考えてもいないのに。
強い記憶は強い感情をともなっている。むしろ感情は記憶の一部だ。感情は記憶に先行して浮かび上がってくる。あ、この感じ、そう、むかし味わったあの痛み、そういえばあんなことがあった…、という風に。
記憶は私だが、感情は私ではない。感情は肉体の側に属する。このことは以前にも書いた。肉体は私ではない。私ではなくて、宇宙である。感情は私の意志に関係なくやってくる。だから記憶も、思いのままにならない。つらくても、思い出してしまう。
思い出してしまえば、もう逃げられない。じっと耐えるなんとてもできないから、ふらふらと街をさまよう。そうしていながら、いつのまにか誰かの面影を捜している自分に気付く。もしかしたら、あの角を曲がれば、偶然に会えるのではないか。その人は、もうこの世にいないというのに…
私の知るある女性は、夜中になるとよく泣いていた。15年前に亡くなった人を思い出してしまうのだという。この女性は、喜びにつけ悲しみにつけ、あらゆる感情をその人と共有していたために、どのような感情の揺れもすべて彼に結びついてしまうのだそうだ。私はあまりにもその気持ちがわかりすぎるので、「気がすむまで泣きなさいよ」という以外になにもできなかった。記憶というのはやっかいなものだ。できることなど、本当になにもない。なんで夜中にその人と一緒にいたのか? そんなこと聞くなよ。
どうして記憶なんてものがあるのだろう。
記憶さえなければ、もっと楽に生きられるのに。そう考えた私は、記憶を制御する方法を考えた。
記憶に感情が先行することは先に書いた通りだが、それを利用できないか。記憶そのものは制御できないが、感情は制御できるはずだ、とそのときは考えた。
なぜ記憶が苦しいのか。会えないから苦しい。なぜ会えないのが苦しいのか。淋しいから。なぜ淋しいのか。孤独だから。なぜ孤独は淋しいのか。気持ちを分かち合えないから。なぜ分かち合えないのが淋しいのか。満たされないから。なぜ満たされないのか。人はひとりではいられないから。なぜひとりではいられないのか。生きているから。なぜひとりで生きられないのか。命とはそういうものだから。なぜ命とはそういうものなのか。なぜ、なぜ、なぜ、なぜ…。
どこまでもどこまでもなぜを繰り返す。しまいにはいったいなにを考えていたのかさえ忘れてしまうまでなぜを繰り返す。こうすれば感情はいつのまにかどこかへ去っていく。感情を押さえ込めれば、記憶も押さえ込むことができる。
青春時代からこんなことばっかりやってきたので、私は感情に関して妙に理屈っぽくなってしまった。ついでに、本来は言葉で語る必要のないことまで言語化してしまう能力を身につけてしまった。
かくして、ひとりの猫哲学者が出来あがったのである。
私はこのようにして感情と記憶を制御して生きてきた。そしていま、それが完全に失敗だったことに気付いている。いくら制御したって、感情も記憶も、なくなってはくれないのだ。むしろ記憶は、強みを増して残ってしまったようだ。感情も、むかしとちっとも変わらない。痛みは痛みのままだ。
私はつい最近まで、いちおう世間では一流企業といわれる会社に勤めていたから、残業なんてあたりまえ、休日出勤も常識、たまに早く仕事が終われば酒だ宴会だという毎日を送っていた。だから必要のないことは思い出さないですんでいた。でも会社を辞めてしまったので、心のガードが外れてしまったらしい。古い昔の記憶が、際限なく湧き出してくる。
そんなとき、心は青春時代に戻ってしまう。未熟で、ナイーブで、半端で、コンプレックスで、もうガタガタぐちゃぐちゃだった頃に。26年にわたるビジネス最前線での経験なんて、なんの役にもたたない。暗闇におびえる子どものようなものだ。
小さな子どもだった頃、大人になればどんなことだって平気になれると思っていた。老人になれば、感情なんて鈍ってくるものだと思っていた。それがどうだ、なんにも変わりゃしない。かえって、昔なら平気だったことまで、今頃になって平気じゃなくなってしまった。
心が弱くなっただけ。感覚は鋭敏なままなのに。ちくしょうめ、話が違うじゃないか。
こんなことは、きっと死ぬまで続くのだろう。生きるということは、実はこんなことだったのか。人生の下り坂にさしかかったいま、道の果てに夕暮れがはじまっているというのに。
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「こんなにいい女が目の前にいるのに、昔の人が忘れられない? あなたもたいした変人よねー」
今回は猫もあの超美女も登場させないで終わるほうがかっこいいと思っていたのに、やっぱり出てきやがった。まったくこの女、用のあるときにはいないくせに、邪魔なときには必ず出てくる。
「あのな、それを自分で言うから、かわいくないんだよ」
「あたしが性格までかわいかったら、世の中がたいへんでしょ」
「知るか。世の中なんぞ」
「ところでさ、その人はかわいい人だった?」
「生意気だったね。きみには負けるが」
「そうか、いい女だったんだ」
「なんでそういう話になるかな」
「それにしてもヘンよ、あなた。これほどの女を目の前にして」
「そしたらあれか? もしもオレがきみにホレたら、相手をしてくれるとでもいうのかよ」
「まさか」
「そうだろ。おたがい、いいコンビじゃねえか」
「でもさあ、あたしにはそんな記憶力なんて、ないな」
「なくて幸いだぜ、男の死体を数えなくてすむだろ」
「あーら、そんなすてきな思い出なら、覚えておきたいのに」
記憶というのは、けっきょく人間性なんだな。初めてわかった。
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え~、今回のはいつもと雰囲気がちょと変わっていて、とまどいを覚えた方がいらっしゃるかもしれません。
これは、記憶というものの不思議に迫りたいと思って、今回だけ特別に選び取った手法なんです。ちょっとした文体実験ってとこかな。
まさかそんな読者はいらっしゃらないと思いますが、私の実体験だと思って読まないように、笑。
それから、今回のはあまり笑えなかったのでご不満の読者もいらっしゃるでしょうから、特別サービスを付けときます。なんと、あの人気の超美女に、めいっぱい登場していただきましょう。
でわどうぞ。
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【猫哲学超々々特別編】
■美女のヒミツ2
トントン。
オフィスのドアにいつもの軽いノックが響く。ドアが開くと、次の瞬間、例の超美女が紙切れを片手に立っていた。
「変な張り紙があったわよ。『美人入室お断り』って、何よこれ」
「はがすなよ。きみの侵入を阻止するためなのに」
「どういうことよ、あたしが何か?」
「私は気分を悪くしているのだ。ムカついておるのだ」
「何をいったい、ぶーたれてんのよ」
「このあいだ、猫哲学の古参読者と話をしたんだ。その人が言うにはだな、いつも猫哲学がメールで送られてくると、『美女ネタ』だけ先に読んですぐに寝るんだと」
「アハハハハハハッ!!!」
ちなみに彼女の笑い声は、鼓膜を切り裂くほどに甲高く殺傷力を備えている。このときも私は、もう少しで気絶するかと思った。
「アハハハハッ、それですねてるの?」
「近所迷惑だから、その笑い声をなんとかしてくれ」
「あー、笑った笑った。久しぶりにストレスがすっ飛んだわよ」
「ストレスがすっ飛レス。いいね、それ。いただき」
「また三流コピーライターみたいな」
「ふん、どうせオレの文章芸なんて、きみの前では屁みたいなもんですよーだ。何時間がんばって長文を書いても、きみが登場したら一瞬でパーだ。くそっ」
「しかたないじゃん」
「そういう現実がイヤなんだ。世界を呪ってやる。青い空なんて大嫌いだー!」
「あたしのせいじゃないでしょ」
「いいや、きみのせいだ。世界はきみのために出来ているんだ。オレはどうでもいい子なんだ。主役はどこか遠くへ行ってくれ。ちょい役にはかまわないでくれ。きみに会いたがっている男は星の数ほどいるじゃないか。なんだってこんなところに来るんだよ」
「迷惑だって?」
「そうだ」
「ふん、ホントは嬉しいくせにさ」
「なんでそーゆーことになるだよー!」
「素直じゃないわね」
「あーっ、もう! どうしてこうも会話がまともに成り立たんのだ!」
「わかったわよ。帰るわよ」
「ああ、そうしてくれ」
「じゃね」
出ていった。ふうー、やっと心の平和が戻ってくる。私の静謐な日常が取り返せる。ああ、すっとした。
電話が鳴った。
「はい、もしもし」
「何をぐずぐずしてんのよ」
「へ?」
「早く追いかけなさいよ」
「なんだあ?」
「こういうときは追いかけて止めるものよ」
「なにをゆーとるんだ」
「すまない、言い過ぎた。僕が悪かった。行かないでくれ。きみが来てくれて嬉しかった。きみがいないと僕の心は空っぽだ。お願いだから赦してくれ、戻ってくれ、って言わなきゃダメでしょ」
「そんな歯の浮くようなセリフを、誰が…」
「まあいいわ、あたしがかわりに言ってあげたから。そのかわり今夜の食事は超豪華ワインつきにしなさい」
「なんちゅー理屈だ!?」
「お店は予約しとくから。遅れたら殺すわよ」
「おい、きさま…」
電話は切れた。
どうやら怒っているらしい。まあ当然だな。ふん、たまには怒らせておけばいいのだ、あんな女。
…と思いつつ、私は少し不安になってきた。あいつ、怒らせたら恐いからなー。どうしよう、今夜は行くべきか、行かざるべきか。すっぽかしたら殺されるかもしれん。いや、あっさり殺されるのならそれでいいのだが、半殺しはいやだよなー。
ちょっとオーバーに書きすぎだと思う? いやいや、そうではないのだ。あの女を怒らせると本当にヤバいのだよ。えーい、この際だ。あいつの正体を暴露してやろう。みなさん、びっくりすると思うよ。
でも一気に書いちゃうとつまらないので、またこんどね。
(この項、続く)
[上の文章は、約4年前に書いたものです。]
[original from 【猫哲学HP】 http://nekotetu.com]
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