2009年1月26日月曜日

【猫哲学47】 「こだわる」にこだわる。

 
       猫┃哲┃学┃の┃お┃部┃屋┃μ┃

(2004/8/13)

今回のヤツは、じゃっかん広告業界批判になっていて、しかも固有名詞が出てきたりするので、業界人が混じっている本送信メンバーのことを考え、伏せ字●●が多いです。
まあ、なんとかわかるでしょうから、想像して補ってください。でわ、本文。

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 うちのバカ猫は、こだわらないヤツである。

 夕食にひさしぶりにイワシを焼いたのだが、ヤツは例によって目をぎらぎらさせて飛んできた。しかし、たった二匹しか買えなかったのだ。イワシの2匹なんてちっこいものでしかないのよねー。「イワシはまだまだ高級魚なんだぞ、おまえなんかにやるもんか」といって通じる相手ではないのだが、私はかわりにチーズをやってみた(チーズもヤツの大好物なのだ)。そしたらバカ猫は、うれしそうにチーズを食べて寝てしまった。

 おかげて私は、貴重なイワシを独占することができたのである。久しぶりのイワシの一夜干しは、やはりおいしかった。うへへ。

 というわけで、うちの猫にはこだわりというのがない。こだわりがないというのは、潔いということでもある。バカ猫の数少ない美点といっていいだろう。たんに忘れっぽいだけなのかもしれないが。

 ところで世間では、「こだわる」という言葉が間違って使われていることに、みなさん気付いておられるだろうか。

 コマーシャルの世界ではもう無茶苦茶になっている。曰く「おいしさにこだわる」「素材にこだわる」「快適さにこだわる」「安心にこだわる」等々、まるでこだわることが美徳であるかのようだ。ほんとうは、まるっきり反対である。こだわらないことこそが美徳なのだ。

 読者のなかには「それはちがうでしょ」と思う方もおられようが、これについては私が正しいのだ。いちど辞書を、ただし複数(広辞苑だけだとバカになるから)ごらんになるといい。そうすれば、私の言明の正しさをご理解いただけるだろう。

「こだわる」という言葉の本来の意味とは、「些細なことに執着するあまりに大事なことを見失う」ということである。ガキっぽい輩の愚かな態度と精神をたしなめる言葉なのだ。以下に正しい用例を示そう。

「役人は手続きにこだわるが、するべきことはしない」

「目先の戦術にこだわって戦争に負ける参謀が旧日本軍には多くいた」

「ラベルにこだわって味は二の次になっている」

「利益にこだわり人命をないがしろにする=三菱自動車」

「体面にこだわるくせに、借金をつくって平気でいる」

「服装にこだわり、人間をみがくのを忘れる」

「女にこだわり、身を滅ぼす」

 最後の例については、べつにそれで美しいと思うが、つまりこだわるという態度が愚かなことだということがおわかりいただけただろう。

 私は以前から、言葉は生き物である、変化していって当然だと書いてきたので、なんでまたそんなことにこだわるのだ、矛盾しているぞとお思いだろうか。それはちがうのである。この言葉の場合、変化はきわめて意図的に行われたのだ。生態系の変化を例にとるならば、ブラックバスが繰り返し放流された結果と同じなのだ。猫哲学の読者であれば、どういうことなのかをご理解いただけるだろう。

 私はいまでもはっきりと覚えているが、1990年代の始め、『●●●●●●●●●●』という広告関係の業界雑誌に、以下の記事が載っていた。さる有名コ●●ラ●●ー氏の書いたものである。

「私は、こだわるという言葉に新しい意味をふきこみたいと思う。こだわるという言葉の本来の意味には、もっと大事なことが別にあるだろうということを言外に含んでいる。だがこの時代に、目先の生活以上に大事なことなど存在しないではないか。つまり、こだわる生活こそが最も豊かで正当な生き方なのだ」。

 私の記憶から再構成した文章なので、つまり私の文章になってしまっているから妙に論理的で説得力があるが(私に文章力がありすぎるということなのだが、笑)、大意はまあこのようなことで、もっとまわりくどい気取った文章で書いてあった。

 このコ●●ラ●●ー氏の狙い通り、その当時からさまざまなコマーシャルが「こだわる」を肯定的な意味で使いはじめ、そうなってしまえば数の暴力、世の中はすっかりこの言葉のおかしな使い方に慣らされてしまって現在に至っている。

 このあいだテレビを観ていたら、●●Kの女レポーターが趣味の番組のなかで、趣味をがんばっている出演者にむかい「うわあ、こだわっていらっしゃるんですねえ!」と感嘆の叫びをあげていた。だが待てよ、よく考えるとその女レポーター、出演者を侮辱しているのである。「こだわる」という言葉の言外にある意味を露骨に書いてしまうと、次のようになる。

「もっと大事なことをないがしろにしてそんなしょーもないことに執着しやがって、バカじゃねえのか」。
 もしも私がN●●のメスガキからそんな言葉を投げつけられたとしたら、「いいえ、ぜんぜんこだわってなどいません」と憮然としていい返すだろう。●●Kにしてからが、間違って平気なのだ。まあ、しょせん●●Kだし、といってもいいけどね、大本営発表。(あ、私は●●料を払っていません。悪かったな)。
 おっと、例によって話がズレた。つまり、コ●●シャルがすべての元凶なのである。もっとはっきりと書いてしまおう。某●●会社の●●●の●●があかんのだ。

「●●にこだわる。●●さにこだわる。***●●ワカ●●●」

 私はこのナレーションを聞いたとき、脳味噌がぶっとびそうになってしまった。しかしまずいことに、これは●●●●の制作なのだ。さらにまずいことに、これをつくった人の名前も顔も知っている。それどころ●●●●●●●●●●●●●●る。いやいや、●●●●それだけ●●●でなく…、およよ、これ以上書くのはやめておこう。あまりにも●●●●といわれてしまう。

 さて私情はおいといて、●●●●が●●のかうまいのか知らないが、そんなもんにこだわってなにがあんたの人生だよ。世の中にはもっと大切なことがあるんじゃないのか。●●して女●●生を●●ていたのを知ってるぜ…、あああ、いいかげんに方向を変えねば。いかんいかん。

 そうそう、こだわる話だった。

 私は、●●●のうまさを追求することをバカにしているのではない。●●だってもちろんそうだけど。むしろ、極上を求めるあまりに嫁を捨て子を捨て家を捨て故郷を捨て、仁義も道義も恩義も投げ捨てて、そのあげくに「こんな味になっちまいました、どうかひとつ、笑ってやっておくんなせえ旦那」と、そこまで究めるのであればひとつの道というものだ。そういう人なら私は尊敬する。しかしだな、モノは●●●●●●●●●●だぞ。誰でもご家庭でお手軽に、アットホームでファミリーでプチナイスな極道をどうぞめしあがれってか? まるで話にならんではないか。

 私は、そのようなC●●ピーの裏側で忘れられてしまったもののほうが、実は大切なことなんじゃないのかといいたいのだ。当の●●●●●●氏は●●●●●●で家庭も●●しているのも知っているし。

(ああ、しつこいな、何をこだわっているんだか。…というのが、こだわるの正しい使い方なんだけどね)。

 ええと…、話を一般論に戻そう。

 こうしたCMがつくられはじめたのは1990年代の初頭、いわゆるバブルの頂点だった時代からである。

 銀行員は億単位以下の金をゴミと呼び、夜の巷はポケットを札束でふくらませた不動産屋が闊歩し、1本100万円のたいしてうまくもないシャンパンが飛ぶように売れ、女子大生はブランドもので全身を固めていたあのとき。ジュリアナ東京のお立ち台はミニスカボディコンのねーちゃんであふれ、お立ち台の下にはミニスカの中をのぞこうとする男どもが群れていたあの騒ぎのなかで、たしかに価値観はぐちゃぐちゃになっていた。内面的な美徳や端正な節度などは、金の前に音をたてて崩れていったのである。

 そんな風潮のただなかに身を置いて、人々はいったいなにを喜びとして生きていたのだろうか。いったいなにを大切なことと思い、なにを守ろうとしていたのだろうか。形のない、目にみえない、仁儀礼智信といったゼニにもならないような価値でないことはたしかだ。目の前にみえるもの、形のあるもの、誰にとっても欲望の対象になるものだけが価値のあるものとされていたのだった。そんな精神の姿を、「こだわる」という言葉はみごとに象徴している。

 つまり「目の前にみえているものだけが大切なのであり、それ以外に大切なものなどない」というのが「こだわる」ということなのである。もちろん私は、そんなことに流されるたぐいの人間ではない。もしもそうなのであれば、哲学なんかを書いたりしない。私はディスコになんぞいったこともないし、ミニスカねーちゃんの知り合いもいない。あ、これは自慢にはならないかもな。

 結論をいっとこう。私にとってもっとも大切なのは、形のないものなのである。

 ほんとうに大切なもの。それはどこにでもあるし、誰でも持っているし、いつでも手にはいる。しかもタダである。重さも大きさもないから持ち運びラクラクだし、肩もこらない。というわけなので、すべてにおいて私は、こだわる必要などぜーんぜんないのだ。だからそれはいったいなんなのだって? 哲学だよ。

 あ~あ、こうしてあからさまに書いてしまうと、なんだかバカバカしくなってきたな。私も、こんなくだらないことに「こだわる」のはもうやめにしようっと。

 今回のは駄作である。猫哲学史上、最低かもしれないな。でも、思わず笑っちゃった読者もいらっしゃるでしょう。ま、いいか。えへへへ。

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 いつもの超美女とこんな話をしていたら、彼女はこういった。

「こだわるのはね、貧しいからよ」

「それは金のことか、心のことか、どっちだ」

「もちろん両方よ。でもあなた、お金だけは持ってるわよねー」

 くっそー! ムカつく。いつもながら性格の悪い女だ。


[上の文章は、約4年前に書いたものです。]
[original from 【猫哲学HP】 http://nekotetu.com/
[mail to:nekotetu@mbr.nifty.com]

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