2009年1月28日水曜日
【猫哲学92】 誰が弱肉強食やねん。
猫┃哲┃学┃の┃お┃部┃屋┃μ┃
今回の猫哲は、はっきりいって手抜きです。以前に「世の実★」シリーズで書いたものをそのまま再録します。同シリーズ初期に発信したものなので、猫哲学シリーズのほとんどの読者は未読でしょう。
3年ほど前に書いたものなんですが、自分でいうのもなんですけど、内容はぜんぜん古くなっていません。むしろ切実さは増しています。
というわけで、これは猫哲学シリーズに含めるべきものと判断しました。猫哲学もあと僅かな回数になってきたので、大切なことはきちんと収録しておきたいと思います。でわ、コピペッ!
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2003.2.28. 第9号
こんにちわ。春になっちゃいましたねえ。何かいいこと起こるかな?なんて気分にぜんぜんならないすね。ほんとにもう、どうしてくれるんじゃ、と愚痴ばかり出るきょうこのごろですが、いかがお過ごしでしょうか。
さて、今回は雰囲気がちと違うものをお届けします。あまりにもえぐい話ばかり書いてきたので、口直し。内容はシビアですけど、読んだ後に動物と自然と、調和のシステムについて、確かな概念を持っていただければ幸いです。題して、【誰が弱肉強食やねん!】。
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まずは60年代、アメリカの国立公園で起きたお話です。地名等こまかいことを忘れてしまったので、寓話として読んでいただいてもけっこうですが、でも実話です。
アメリカの国立公園はとんでもなく広大だということはご存じだと思います。そんな国立公園のある谷に(谷といっても広~い平原ですが)1万頭ばかりの鹿の群が生息していました。そして、彼らを補食する動物として、200頭ばかりのアメリカライオンも住んでおりました。
平和な谷に異変が始まったのは、またしてもバカな人間の愚かな行いからでした。国立公園なので、見物客が来ます。客のなかには子供もいます。そのなかの誰かが、鹿がアメリカライオンに食べられるはかわいそうだ。そんなものを見せるなんておかしいじゃないか、と公園管理局に訴えたのです。
管理人は多分、何をアホな、と思ったことでしょう。しかし国立公園の維持費はどこから出てる? 納税者だよね。その方々がクレームをつけていらっしゃる。お客さまは神様でござま。
公園管理局では、鹿が食べられるシーンの発生をおさえるために、アメリカライオンを半分くらいに間引いてしまおうと考えました。そしてハンターが送り込まれました。まず、アメリカライオンの虐殺が始まりました。
でもね、アメリカライオンだって馬鹿じゃないのです。やがて谷からその姿は消えてしまいました。
(ううっ。上の文章、読み返すとおかしいよう。ぷふ)
その結果、何が起こったか。鹿の数が爆発的に増えはじめました。やがてその数は谷を覆い尽くすばかりになり、約2万頭にまで達したといいます。そして…
冬がきました。鹿たちは乏しくなった草を食べ尽くし、やがて木の皮まで食べるようになり、ついには草の根っこまで掘り起こして食べ始めたのです。
いわゆる牛や鹿などの草食動物は、草を食べるときに根までは食べません。残された根はまた新しい葉を茂らせます。その際に、動物の排泄物が栄養になっていることはいうまでもありません。このサイクルが断ち切られようとしていました。
春がきました。そして恐ろしいことが起こりました。草が生えないのです。根が残っていなかったからです。飢えと闘いながらつらい冬を生きのびてきた鹿たちは、この恐ろしい現実に絶望したかのように、次々と死にはじめました。谷を覆いつくす累々たる死体…。個体数は激減し公園管理局が何か手をうとうと考えたときには、2000頭ほどにまで激減していました。そしてその後、増えることはありませんでした。
何年か後、けっきょくこの谷には、2000頭ばかりの鹿と、どこからか戻ってきた20頭ばかりのアメリカライオンと、半砂漠化した平原が残されました。
私は言葉を失います。言いたいことがあまりもたくさんあって、それがどっとおしよせてきて、意味を結ばないのです。そして、叫びたくなります。バカヤロー!!!!!!!!
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お次はオオカミとカリブーのお話。カリブーって、北のほうに住んでいる大型の鹿ですね。
70年代、アメリカの金持ちのあいだで、オオカミ狩りをスポーツとして楽しむ下司な遊びが流行しました。週末になると飛行機でカナダに飛び、現地ではヘリコプターに乗ってオオカミの群を追いかけまわすのです。もちろんライフルで撃ちます。
西洋は伝統的にオオカミを敵役にしてきた文化があるので、それはとても痛快な気分だったことでしょう…、なんて冷静な分析は、オレはせんぞ!ウオノレラー、ナンチューコトスルンジャー、ボケカスクズ卑怯モン、もう怒った! このことひとつとってもアメリカは滅びるべし。水爆があったら、落としたるわい!!! という私の怒りが理解できない方は、オオカミがいかに上品で思いやりに満ち、かっこいい動物かを知らないだけさっ!!
あ、ちょと興奮しちゃいました。オオカミ、好きなんです。それで、つい。でも、あんまりにもやさしいから人間の子供まで育てちゃうのはオオカミだけだってことを思い出してくださいよ。
話をもどします。カナダ東部に住むオオカミは、それでなくとも地元ハンターや趣味のハンターに狙われ個体数が減ってきていたのですが、このヘリコプター下司野郎どもの出現で、やがて絶滅が危惧されるようにまでなりました。
オオカミにいつも追っかけられていたカリブーにとっては、天国となったでしょうか。先ほどの国立公園のような限定的な空間ではなかったために、カリブーの群に目立った変化はなかったようです。個体数の増加は少しみられたようですが。
悲劇は目立たない形で進行していました。伝染病です。本来なら、病気になって弱った個体は、すぐにオオカミに捕まって、群から消えてしまいます。しかしその冬、オオカミが激減した環境では、病気で弱ったカリブーも群のなかで生きのびてしまい、つまり感染源がいつまでたっても群と行動をともにしていたのです。
春、カリブーは恐ろしい勢いで死にはじめました。その数は激減し、20分の1にまでなったといわれています。そして現在、カリブーもまた、絶滅が危惧されています。
物語はこれで終わりです。私は悲しいです。そしてまた、うまく言葉が出てきません。
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感情を静めて書き続けましょう。なぜ私がこんなことを書いたのか。それは、自然界というものが、いかに精妙なバランスをとっているものなのかを伝えたかったからです。草食動物と捕食動物の関係は、弱肉強食などといった薄っぺらな概念でとらえられるものではありません。
それは相互依存的な関係を保っていて、そのバランスが良好な場合にのみ、双方は環境のなかでの最大の個体数を享受できる、というしくみの見事さに圧倒されるのは私だけでしょうか。
アホボケカス白人野郎どもはこの目に見えないシステムを見抜くことができず、自然界を弱肉強食呼ばわりします。しかしそれは、己れ自身の残酷さの投影として自然をみているにすぎず、つまり自分のみたいとこだけしかみていないだけのです。下司には高度なしくみは理解できんのです。
しかしこの弱肉強食概念は、あたかも自然法則のごとく誤解されたまま定着し、白人野郎どもが他者をいじめる際の正当化として使われてきました。「奪って殺して滅ぼして何がわるい。それって弱肉強食、自然の法則じゃん」。
過去の歴史と考えないでください。上のことは、いま現在、この地球上を覆い尽くして進行中です。私がこんな文章を★世の実★にまぎれこませるのは、深い意味で世界の悲劇に対する「なぜ?」を考えるための手がかりとしたいからです。
思慮深い読者の方々。これからは弱肉強食という言葉を不用意に使うのはやめませんか。どうしても必要なら「」のなかに入れて使いませんか。それは間違った概念なのです。そして、残酷な歴史を正当化してきた、血塗られた言葉なのです。
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これを書いた理由のもうひとつは、みなさんに秩序やシステムとはいかなるものなのかを感じ取ってほしかったからです。それが確かに実在していることを知ってほしかったからです。
その秩序は、人間のつくったものではありません。この自然、この宇宙に、内在的に備わっているものです。
人間がもし、このシステムに自らをゆだねきる勇気があれば、新しい時代がくることでしょう。しかし今の人間にはそれはできないと思います。いつの日か、誰もがこの単純なことに気付けば、今世紀中は無理だと思いますが、人間というのは愛すべき存在としてこの地球での存続をゆるされるような気がします。
以上は概論です。言い足りてないことはいっぱいあります。それはまた後日。ご質問反論疑問罵倒等々、受け付けておりますので、メールをください。ちゃんとお返事さしあげますです。
ではでは。今日はこのへんにしといたろか~!!
さいきんヒマだな。
==[引用終わり]======================
ということで、コピペ終了。今回は、あの超美女は登場しません。海外出張に行っているらしいです。
でも、あやつが海外出張ということは、世界的クライシスが進行中の可能性があるので、みなさん油断しないようにね。
3月20日から月末まで、特に3月22日から一週間は、何が起きても驚かないように。でかい事件にせよ些末な出来事にせよ、今世紀の行く末を決めてしまうようなことが起きる可能性が大です。
私はとても危機感をもっています。世界が平和であることを祈りましょう。ほへ。
[上の文章は、約4年前に書いたものです。]
[original from 【猫哲学HP】 http://nekotetu.com]
[mail to:nekotetu@mbr.nifty.com]
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