2009年1月25日日曜日
【猫哲学22】 猫草、あるいは猫はどこから来たのか。
猫┃哲┃学┃の┃お┃部┃屋┃μ┃
猫草という植物がある。
そこらのペットショップで売っているので、冗談だと思ったらみてごらんになるといい。何の変哲もない、長細い緑の草である。
わが家ではこれを鉢植えにして置いているので、バカ猫が思い出したときに食べている。猫が雑食だということは前にも書いたが、ヤツが葉っぱを食べているのをみるのは、それはそれで奇妙な感じがある。はっきりいうと、食べるのが下手なのだ。ウサギのように素早く上手に、とはとてもいかない。まあ、動物ごとに得手不得手があるのはちっともかまわないのだけれど。
この猫草というもの、正体は燕麦(エンバク)である。といっても、燕麦という草をを見たことのある人は少ないだろう。まあ、野原に生えている細長いよくある草を想像してみてください。猫が食べるのはこいつの緑の若草で、伸びきって茶色になってしまうと食べないようだ。
いっとき、某全国展開大型量販で売っている猫草は猫が食べない、という噂がネット界をかけめぐったことがあった。私もその某店にある猫草を見てみたが、香りがまったくしなかった。おそらく流通過程で冷凍するか、あるいは換気のよくない場所に放置されたのか。いずれにせよ不良品だった。猫はそんなことを軽く見破ってしまうのだ。むしろ騙されやすい人間のほうが、大型量販で何を食べさせられているかわかったもんじゃない。いまさら気をつけようとしても遅いのだろうが。
さてこの猫草を、なぜ猫は食べるのだろうか。おいしいからだろうと私は思うが、そんな説明だけでは物足りない方もいらっしゃるらしく、「猫は体をなめるので毛が胃の中にたまり、毛玉になります。猫は猫草を食べて毛玉を吐き出すことが必要なのです」という説明をよくみる。
これこそ、現代人の近代的理性がもたらした世界観における誤り、言語の不完全に基づく誤解、その典型であるといっていい。
だいいち猫が猫草をみて「お、そろそろ毛玉も心配だしニャー、食べといたほうがいいかニャ」などという理性的判断をくだしたうえて食べているわけがないじゃないか。あえて猫の気分を表現するなら「お、草みっけ。食お」という以外には何の雑念もないと思うよ。
「毛玉を吐き出す」。そのために猫草が役立っているとしても、猫草の役割とはそれだけといってしまっていいのか? おそらく胃腸薬としての働きもあるだろう。それに草の香りを嗅ぎながらしゃりしゃり食べることに、快感を見いだしてもいるだろうし。その他にも、植物繊維を食べることの効用とか、人間の気づかない部分でどんなことに役だっているか、そのすべてについては推しはかりようもない。そうした多面的な価値をもつ「猫草を食う」行動を、毛玉にだけ結びつけて理解したつもりになってはいけない。自然はもっと複雑なのである。ある意味で、本当は、理解不能なのである。部分だけをわかったつもりになって、その部分だけが世界のすべてであるなどと、主張してはいけないのだ。
あはは。たかが猫草のパッケージに書いてある説明文だ。そんなことにここまでひっかかる私もどうだかね。ただ私は、仕事上そうしたパッケージのコピーを書いたりすることもある。そして私が書くとすれば、ぜったいにあのようにはならない。じゃあ、どう書くのかみせてみろって? 金をくれたらやってあげてもいいよ。私のコピーは1行10万円だ。さあ、誰か出さない?
あ…。さて、なんでまた今回は猫草の話から始めたかというと、それが燕麦であるときいてイマジネーションをかきたてられたからだ。
燕麦というのは野生のカラス麦を品種改良したものである。元の種のカラス麦というのは、荒れた土地によく生える草で、成長すると50センチ以上の高さになる。
猫の祖先というのは、北アフリカに住むリビアヤマネコという種族といわれているが、彼らが生きるア
フリカの草原には、カラス麦も生えている。
リビアヤマネコという野生猫種の見かけは、要するにふつうの猫である。日本にもいる「いかにも雑種」を代表する茶色っぽいシマ猫。野生猫は目つきが怖いが、こいつが日本のどこかを歩いていたとしても「おお、ノラ猫」と思われるだけで、そんなに由緒正しいヤツだとは夢にも思っていただけないだろう。
そんな猫が、アフリカの黄色い大地で、枯れた茶色のカラス麦などの雑草が生い茂る平原を歩いてい
る姿を想像してみてください…。雑草の高さが50~90センチ。猫の頭の高さが約30センチ。猫も大地も草も茶色でまだら。
みえない! 周囲の草が完璧に迷彩になっていて、ちょっとやそっとじゃみつからないではないか! さすが野生猫、それで正しいのだが、そんな猫がたまーに猫草(カラス麦)を食べるというわけで、その姿を想像すると思わず笑ってしまうのだ。
リビアヤマネコにとって猫草とは、散歩のついでに食べる草=散歩草なのであった。「お、草みっけ。食お」、しゃりしゃり。私がリビやんのそんな姿を目にすることは、たぶん一生ないだろう。なぜって、相手は野生なんだからね。うちの猫をよく観察して、想像するだけで満足しよう。
リビアヤマネコは、集団で狩りをすることもあるという。猫は社会性のある動物だが、それはずいぶん古くからあった習性に基づくものなのだろう。野生猫はきっと仲間にやさしいにちがいない。ますます、現代の家猫と変わらなくなってきたな。
私はときどき家のバカ猫をながめながら、こいつはいったいどこから来たのだろうと考える。こいつの親兄弟のことではない、猫の起源のことである。
猫はどこから来て、いつから私たちの周囲にいるようになったのか。いまのところ、先ほどから話題に
出している北アフリカ産のリビアヤマネコが、紀元前2500年頃にエジプトでペット化されたのが最古というのが定説になっている。
私が定説というからには異説も用意してあるのだが、それは最後までおあずけ。ひとまずは、この説
にしたがって話を進めよう。
エジプトといえば、歴史上最古の大規模農業地帯といわれている。シュメールのほうがもっと古く、猫シュメール起源説もあるのだが、ほとんど同型の物語として読んでいただいて、いっこうにさしつかえない。なぜさしつかえないのかは、いずれわかる。
さて大規模農業となると、大量の穀物を置いておく倉が必要になる。でかい倉に大量の穀物となると、必然的にネズミに狙われる。なぜネズミなのかと考えても意味はない。穀物といえばネズミ。これは歴史的必然であって、人類の歴史上、例外なく起きてきたことだ。
ところでそのネズミは、野生猫のとてもよい獲物である。だから穀物倉庫の周りには、いやおうなく多くの野生猫が寄ってきた。野生猫といえば、エジプトは北アフリカだから、そこにいたのはリビアヤマネコ。そして、当然のことながら人間もいた。
知っている人は少ないだろうが、野生大型猫のチータだって、餌付けをすれば簡単に人間に馴れるのである。ゴロゴロいうのである。ホントだよ。チータのゴロゴロは迫力があってかわいいよ。まして小型野生猫のリビアヤマネコが人間に馴れない理由はない。親にはぐれた子猫がいたりしたら、馴れるのはもっと簡単だっただろう。いつのまにか彼らがペット化するまでに、数世代もあれば十分だったはずだ。それも、猫の数世代ね。
ある歴史家がエジプトの古墳を調査していたら、2万体以上の猫のミイラが出てきたので、中身を調べたという。その結果、90%以上はリビアヤマネコだった。そんなわけで、猫の起源はエジプトであるということになった。
こうしてエジプトに発した猫は、世界に広がっていったのだった。
そんな話を、私はぜんぜん信じていない。それならば、全世界の猫というのはすべてリビアヤマネコの子孫でなければならない。世の中にはペルシア猫もいればシャム猫もいるぞ。日本が誇る三毛猫とか。そいつらの祖先がすべてリビアヤマネコかというと、どうもそうではなさそうである。実際には、世界のあちこちの農業文明でエジプトと同じようなことが起こり、それぞれに土着のさまざまな種類の平原猫が、いつしか猫として飼われるようになったのだ、と考えたほうが自然ではないか。だからエジプトが最古であるというのは、ただの仮説にすぎないと私は思っている。
ところでペルシア猫って、ペルシアにはいなかったって、知ってた?
私はペルシア大帝国の偉大な文化があのような猫をつくったのだと思いこんでいたので、そうではないと知ってちょっとショックだった。
古代ペルシア帝国というのは現在のイラン全域とイラクのシーア派ががんばっているあたりの地域だが、そこを旅した人たちによるとペルシア猫はいなかったという。猫がいたとしても短毛種の平原猫(つまりフツーの猫)だったとか。
ことの真相は、トルコ北部アンゴラ地方にいた長毛種の猫と、同じくアフガニスタン地方の長毛種の猫を、アラビア商人たちが取り引きするとき、「ペルシア絨毯」といえば高く売れるのと同じノリで「ペルシア猫」といっていたらしい。主な輸出先はインドと中国で、特に愛玩用として高く売れたという。
現在のペルシャ猫の品種の多くは、19世紀に英国で品種改良されて定着したものなんだと。なあんだ、ペルシアとは、ただのブランドだったんだ。
シャム猫の場合はそんな詐欺的名称ではない。シャム国(今のタイ)の王朝で「生きる宝石」といわれて大切に飼われていた。王宮から門外不出とされていたという。どうりで高貴なわけである。寺院でも飼われていて、宗教儀式に使われていたらしい。でも猫を使うなんて、いったいどうやったのかな? 猫の手を借りるのは難しいぞ。
そのシャムとペルシアを交配させて20世紀に生み出されたのがヒマラヤンなんだけど、だからもちろん、ヒマラヤ山脈とは何の関係もないわけなので、そういえばアビシニアンなんてのもいたな。…ああ、どうでもいいか。
日本に猫が入ってきたのは6~7世紀のことで、祖先はインドヤマネコといわれている。おいバカ猫、おまえにはインドの祖先の血が少しくらいは流れているかもしれないぞ、確率はものすごく低いが。
猫の日本伝来については、おもしろい話がある。唐から仏教の経典を輸入するときに、船で海をこえなければいけないのだが、船にはネズミがつきものだった。それで、船倉に置かれた教典がネズミにかじられるのを防ぐため、猫もいっしょについてきたというのである。番犬ならぬ番猫だね。
仏教の伝来にあたって、猫はこのように重要な役割を果たしたわけだが、仏教界からはずっと無視され続けている。十二支に猫はいないし。仏教界は、猫の何が不満なのだろう。たぶん、あの超然とした態度がいかんのだな。宗教は服従を求めるのであって、猫の自尊は排除される宿命である。まあ、当の猫にとってはどうでもいいことだろうが。
そろそろ結論にいっとこう。猫はどこから来たのか。
私は、猫はずっと昔から人間の側にいたのだと思っている。どれくらい昔かというと、おそらく10万年単位の昔から。
一般知識ではリビアヤマネコがその祖先といわれているが、私はそんなこと、ぜんぜん信じていない。リビアヤマネコというのは、昔エジプト人が飼っていた猫が野生化したものじゃないか。あいつらは、あまりにも猫に似すぎている。いや、猫そのものだ。
エジプト文明の成立は紀元前3500年頃というのが定説だが、ではそれ以前はどうだったのか。いきなりゼロから文明が成立したのか。あるいはそれに先行する文明の長い歴史があったのか。私は大ピラミッドの完成を紀元前1万1千年頃とみているので、エジプト文明はもっと古いと思っている。この点については、論争してもいいよ。反論のある方は、どうぞかかってきなさい。
エジプトよりもさらに先行する文明として、アトランティス文明というのがあった。
アトランティスなんてただの伝説だろうって笑ってはいけないよ。歴史というものを一度でも真剣に考えたことのある人は、死んでもそんなことをいえないはずだ。
1960年代、バハマ諸島ビミニ島沖の海底で、巨大な石畳の道(一片10mはある正方形の石で舗装された街道)が発見され、さらに石の円柱の列、城壁などが発見された。どう考えても世界最大の巨石建造物だ。おそらくこれがアトランティスの首都であったといわれるポセイディアの遺構だろう。ところが現代の考古学会は、この発見を無視し続けている。調査しようとすらしない。学者というのは自分の業績が覆されるのを恐れる。だから本当に真実を知りたいと思うのなら、学説に頼ってはいけない。騙されちゃうよ。
まあ、文明史論というのは大きなテーマなので、ここでこれ以上深入りするのはやめよう。いずれ腰を落ち着けて、猫哲学でも採り上げる予定だす。
それで、アトランティス文明というのがあったとして、滅亡したのがプラトン以前9000年といわれているから、滅亡以前にも永く栄えていた時代があったとも考えて、2万年ほど前に栄えたものと想像してみよう。さて、そこには猫がいただろうか。当然いただろう、と私は断言するのである。きっと猫は、アトランティスからエジプトにもたらされたのだ。
では、そのアトランティス以前にもさらにまた別の文明があったかもしれないではないか。それで、その文明に猫がいたかというと…(以下白鳥座まで)。
つまり猫は、ず~っと昔から、ず~っと人間の側にいたのだ。考えてもみなさいな、野生猫のたかだか数千年の変異が、現在のかくも完成された人間と猫とのつきあいをもたらすものかどうか。それにはもっと長い時間と、人間による介入と試行錯誤の歴史が必要だったはずだ。おそらく10万年以上の歴史を経て、猫はいま、私たちの前にいるに違いない。
おい、どうだバカ猫。今回は全編、猫で通してやったぞ。嬉しいだろう…。なわけないか。おい、寝るなよ。
実は今回、猫哲学も22回目なので、にゃんにゃんで通してみたのでありました。へへへ。
[上の文章は、約4年前に書いたものです。]
[original from 【猫哲学HP】 http://nekotetu.com]
[mail to:nekotetu@mbr.nifty.com]
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿