2009年1月25日日曜日

【猫哲学20】 パクリ元。

 
       猫┃哲┃学┃の┃お┃部┃屋┃μ┃


 猫哲学も20回目を迎えます。

 これを記念して(?)、私に「猫と哲学でなんぼでも書けるぞ」というヒントを与えてくれた作家をご紹介しましょう。

 エルンスト・テオドール・アマデウス・ホフマンという人。ドイツ後期ロマン主義の小説家ということにされている。オッフェンバックによって『ホフマン物語』がバレエ化され、日本でもよく上演されるので、こちらの原作者としてのほうが有名かも。

 ちなみにバレエ『ホフマン物語』は映画化もされ、日本でもちょっとしたヒットになった。たまにBSの深夜で放送しているが、見出すとやめられなくなる。映画としてもかなりの傑作です。機会があればぜひご覧ください。

 で、この人、かなりヘンな人である。

 私は、実をいうとホフマンのファンで、日本で手に入るホフマンもの(ただし翻訳)は、たいがい持っている。なぜか気が合うというのか、この人の本を読んでいると楽しくなるのだ。

 モーツアルトおたくという点でも私といっしょで、アマデウス・ホフマンのアマデウスは、モーツアルトを真似て自分で勝手につけた名前らしい。本名はエルンスト・テオドール・ウィルヘルム・ホフマン。

 彼は「真にモーツアルトを理解できるのは私だけである」と思っていたらしく、著作にもしばしばそんな文章が出てくる。この点でも私と同じである。もっとも、私のほうがだんぜん上だが(…冗談だよ)。

 1776年、ケーニヒスベルクに生まれ、ケーニヒスベルク大学で法律学を学んだ。これもまた、大阪に生まれて大阪大学で遊んでいた私と似ている。(そろそろしつこくなってきたかな?)

 作家としてそこそこ有名だが、むしろ作曲家としての評価が高い。オペラ『ウンディーネ』(英語風にいうとオンディーヌ)を発表し喝采をあびた。指揮者として、また音楽評論家としても活躍したというから、手八丁口八丁、当時の大文化人だったわけだ。

 ホフマンの小説の作風は一貫して怪奇幻想風で、若い頃の私にはたまらんほど楽しいものだった。ところが日本では、「とくにこれが有名」という作品がなくて、だからマイナーな作家と思われ続けている。

【…謎の男コッペリウス博士が発明した自動人形。そのねじをキリキリと巻くと、人形は奇妙なカクカクした動きで踊り始める。それを見ている主人公は魔法の眼鏡をかけているので、自動人形が絶世の美女に見え一目で恋をしてしまう。自動人形と踊る主人公。それをまた、はやし立てる人々…。『砂男』】

 すごいイメージでしょう。私は、読みながら頭がクラクラしてきましたよ。語りの視点が、魔法の眼鏡をかけた主人公になっているので、いったい何が本当なのかよくわからない。その状況で人形とダンスを踊るので、踊っているのが美女なのか自動人形なのか判然としなくて、両方のイメージが交錯するわけですね。酒を飲まなくても十分に酔っぱらえる、そんな作品ですが、まあ日本のうじうじした純文学的傾向と比較すれば、評価されないのも何となくわかる。

 たまたま彼の原作を、チャイコフスキーが続けてバレエにしたものだから、そちらのほうは超有名になってしまった。『コッペリア』『くるみ割り人形』、どちらも一度は耳にしたことがあるでしょう。でも原作者がホフマンであることはあまり知られていなくて、チャイコフスキーが書いたと思っている人も多い。

 せっかくのなので、彼の代表作を列挙しておこう。

 『ドン=ジュアン』
 『黄金の壺』
 『犬のベルガンサの運命にまつわる最新情報』
 『砂男』
 『世襲地』 
 『くるみ割りとネズミの王様』
 『騎士グルック』
 『石の心臓』
 『悪魔の妙薬』
 『雄猫ムルの人生観』

 いやー、見事なまでに誰も知らないような表題が並びましたねえ。これじゃあ、有名じゃないのも無理もないかなあ。べつにどうでもいいけどね。いや、どうでもよくない。有名なほうがどんどん翻訳されて、文庫本にもなって、手に入れやすくなるはずではないか。私が彼の作品を手に入れるのにどんなに苦労したと思っているんだ。ああ、マイナーな作家のファンでいるのもつらいものがあるな。

 私がまだ20代の頃に『ホフマン全集』というのが刊行されて、これでホフマンの全作品が読めるのだ、うれしいなと思っていたら、5巻だけ出たところで絶版になってしまった。私が未来という概念に大きな変更を加えたのは、これがきっかけである。

 話題がそれた。つまりこのホフマンという人、誰かがバレエにしてくれたおかげでかろうじてその名と作品が生き残っているわけだ。こういう作家も珍しい。でも音楽界の巨匠がたて続けにバレエにするくらいだから、当時としては超一級の作品として評判をとっていたことは間違いないんだけど。

 ドストエフスキーみたいな時代を超えたメジャーになれば、こんなことにはならかったのに。でも、ホフマンはけっしてそうはならなかったような気がする。

 というのが、彼は小説というものを、冗談で書いていたからだ。怪奇幻想風のおとぎ話を書いて、そのめくるめくイメージをおもしろがっていただけなのだ。ドストエフスキーのように思想や苦悩を作品のなかに持ち込もうとはしなかった。だから、苦悩煩悩思想世界観で悩むことの好きな人からは、「何だこれ」と捨てられるしかない。

 まあ、ホフマン自身にはどうでもいいことかもしれない。彼は作家というよりも法律家として生きていたのだから。ベルリンの大審院判事をつとめるほど、法律家として成功した人生を歩んでいた。小説は、遊びで書いていたのだ。もちろん真剣な遊びとしてだけどね。

 ところで小説というものの読み手には二種類ある。おもしろいものを楽しく読みたいだけの人と、小説から人生を教わりたい人と。

 私はだんぜん前者であるから、ホフマンなどという軽くておちゃめな作家におぼれてしまうことになる。後者みたいな人が、トルストイだのドストエフスキーだの大江健三郎だの、けっきょく何を書いてあるのかよーわからん本を読んで、人生を無駄にするのだ。

 ところで、ホフマンの短編のひとつに『賭博者』という傑作がある。トランプ賭博で生きる主人公が、つかの間の栄光の果てに、やがて家も財産も、愛する妻までも賭博でスってしまうという物語だが、賭博心理の迫力満点の描写がすばらしい。

 ドストエフスキーも『賭博者』という短編を書いている。この人の小説にしては珍しく引き締まった構成で、冗長さがなく、うだうだしたおしゃべりも少なく、とてもしっかりとした小説なのだが、内容は、実はほとんどホフマンの作品といっしょ。何よりも、賭博者の破滅の原因として、破滅をかけたスリリングな勝負を求ずにいられない『賭博ハイ』があるとしているところが、ホフマンのテーマそのまま。どっちがパクったんだって? ホフマンが死んだとき、ドストエフスキーはまだ2歳だったんだよ。

 ホフマンの最長の作品が、『雄猫ムルの人生観』である。私はこれも持っていて、ぼちぼち読んでいるが、おもしろい。猫を主人公にして、人間のあれこれをバカにする手法は秀逸。私はこれにヒントを得て、猫哲学を書き始めた。でも、猫を主人公にして語らせるような、そのまんまのパクりはしていないよ。それに雄猫ムルのように日常を語るのではなくて、哲学という非日常をテーマにした。だから、盗作だとか恥ずかしいだとか、そんなことはまったく思っていない。

 さてこのへんで、みなさんの胸に、猫が主人公、猫語り文学はもうひとつあるんじゃないかと、記憶がわきあがってきませんか。そう、かの千円札大文豪様の筆になる、「我が輩は猫である。名前はまだない」で始まる超メジャー作品。日本でだけのメジャーだけどさ。

 私は、みなまでは申しません。あとは読者の判断におまかせします。あの文豪氏が英国留学中には、この作品の英訳本がロンドンで売られていた事実を指摘させていただくだけに止めておいて。まあ、あの千円札文豪氏には、こういってあげたい。「恥ずかしくなんてないですよ~。ドストエフスキーだってやってたんだからねえ、よしよし」。

 かのホフマンにしたところで、こんなことは気にもとめないだろう。なにしろ、彼はものすごく忙しい人だったのだ。法律家で小説家で作曲家・指揮者で音楽評論家で、そのうえ画家として絵まで描いていたのだから。作品点数の少ない(当然!)彼の絵は、オークションなんかに出てくると高い値段がつくという。
 こんなにバリバリ多方面に活躍して、しかも社交界の人気者だったとまでいうんだから、いったいいつ寝ているんだろうなんて心配してしまう。案の定、ほとんど寝なかったそうだ。昼は法律の仕事をして、夜は小説を書いていたんだって。おいおい…。

 1822年、ホフマンは46歳の若さで世を去った。死因は過労だそうである。変なやつ。


[上の文章は、約4年前に書いたものです。]
[original from 【猫哲学HP】 http://nekotetu.com/
[mail to:nekotetu@mbr.nifty.com]

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