2009年1月26日月曜日

【猫哲学48】 猫空母機動部隊。

 
       猫┃哲┃学┃の┃お┃部┃屋┃μ┃

(2004/8/27)

 猫は、海軍に縁がない。

 なんでまたこんな唐突な書き出しで始まるのかというと、私は海洋国家日本が複数の空母機動艦隊を所有すべきであるという持論をもっていて、そのための導入部分なのである。いきなり右翼みたいなことをいうなと思われるかもしれないが、中身はぜんぜん右翼と関係ない。少しばかりガマンして読んでほしいのニャ。

 さて私は、いわゆる「軍事おたく」である。軍隊のことにムチャ詳しい。その私がいろいろな資料を読んできたなかで、猫に関係するものは皆無だった。

 第二次世界大戦のさいに、米海軍のとある巡洋艦の艦長がペットの犬を艦内に持ち込んだという話がある。たぶん軍規違反だと思うが、アメリカという国はけっこういいかげんなところがあるので、おそらく事実だろう。鳥や二十日鼠は、潜水艦でよく飼われていた。これは閉鎖された艦内で有毒ガスが発生すると致命的なので、すばやく探知するためのものである。

 海軍でなくて陸軍では、犬(軍用犬)と馬は不可欠の戦力だった時代がある。戦力というより、兵器の一種かな。でも、猫が使われたという話はぜんぜんきかない。

 じつは、猫はネズミをとるので、軍艦でなくて商用船でならよく飼われていたらしい。日本が唐から仏典を輸入するさいに、お経がネズミにかじられないよう、猫もいっしょについてきた話は有名だし。

 ところが軍艦となると、猫の話はきいたことがない。まあ、うちのバカ猫みたいなやつが軍艦に乗っていたとしたら、戦意なんてどっかにいっちまうよな。猫が役に立たないというのは平和時でもそうだが、戦争ともなればいっそう際立つのかもしれない。

 あと、大航海時代のスペイン船で猫が飼われていたという話をきいたことがあるのだが、確かな資料がみつからない。どうなんだろう。どなたかご存知の方、教えてください。

 さて軍事となると、現代海軍の主役は航空母艦である。ところが、ながい戦争の歴史のなかで、航空母艦を戦力として使いこなしたのは、じつは大日本帝国海軍とアメリカ海軍だけなのだ。そんなこと知ってた? まあこんな話、はなから興味ないかもね。

 でも、帝国海軍は偉大だったのだ。真珠湾奇襲、セイロン島空襲、珊瑚海空海戦、ミッドウェー海戦、南太平洋海戦、マリアナ沖海戦、エンガノ島沖海戦などでみごとに空母を使いこなし、人類の戦争の歴史を一変させてしまった。勝ったのは最初の真珠湾だけで、あとはぜんぶ引き分けかボロ負けというが情けないけどね。

 だから、その帝国海軍空母機動部隊をボロクソにたたきのめした米海軍機動部隊は、いまのところ世界でもっとも偉大な海軍である。くやしいにゃー。

 で、その米海軍空母艦隊と猫とは、ちょっとした関係がある。まあ、大した話ではないんだけどね。
 実は、英国海軍(ロイヤル・ネイヴィというとかっこいい)は、日本のよりも立派な空母をたくさん持っていた。それが空母機動部隊として大して評価されないのは、肝心の飛行機の開発に失敗したからだ。なにしろ、ドイツではジェット戦闘機を実用化していた大戦末期に、ソードフィッシュという複葉、布張りの機体しか空母機として実用化できなかったのだから。

 反対に米海軍は、大戦中に最も強力な空母用の飛行機を完成させた。太平洋戦争初期に日本のゼロ戦と戦ったグラマンF4Fはいまいちだったが、新型機のF6Fはスピード、武装、頑丈さでゼロ戦なんかの比ではなく、日本軍の飛行機をバタバタと撃ち落としてしまった。現在の三菱自動車の前身にあたる三菱航空(=重工)がつくったゼロ戦がいかにひどい欠陥機であったのかという話はとってもおもろいのだけど、それはまたいつか別の機会に。

 それで、そのグラマンの憎たらしい戦闘機F6Fの愛称を「ヘルキャット」という。「地獄の猫」だな。おお、やっと猫の話になった。

 その前の旧型機であるF4Fは「ワイルドキャット」という名前だった。「野生猫」ね。F6Fのさらに後継機のF8Fは「ベアキャット」という。「熊猫」か。そのまた次の新型F9Fはジェット機で、「クーガー」。アメリカライオンのことだな。F9Fには改良型があって、これは「パンサー」という。黒豹ですな。どちらも猫とは違うが、似たようなもんかな。F8Fの前に開発されて量産もされたけど、けっきょく使われなったF7Fというのもあった。これは「タイガーキャット」という。「虎猫」やんけ。

 トム・クルーズ主演で、なぜか女性にブームになった『トップガン』という軍隊映画で、主人公が乗っていたのは最新型の可変後退翼ジェット戦闘機である。これも空母で運用するために開発されたものだ。グラマンF14「トムキャット」という。アメリカ大陸に棲む大型のヤマネコの名だ。トム・クルーズとは何の関係もないのでご注意を。

 こうして凶悪な空飛ぶ猫たちが、現代海軍の戦力の中心であり続けているというわけ。でも本物の猫は、海軍とまったく縁がない。奇妙な話だね。

 以上、軍事おたくとしての私の、猫にまつわるウンチクの数々でした。でも、ここまでは余談である。ここからが本論。ああ、長かった。

 閑話休題。

 話はぜんぜん違う方向へいくが、この文章を書いている時点ではサッカーアジアカップ2004が中国の重慶で開催されていて、日本チームが大ブーイングをあびているという。

 重慶という都は、日中戦争のさいに日本軍が爆撃機(96陸攻というのだ。誰も知らないか。でも三菱製の欠陥機ね)を連ねて爆弾を落しに行ったところだから、日本が憎まれているのもしかたがない。だけど、戦後50年以上にわたって賠償金のかわりに政府開発援助金を中国に渡してきたのだから、もういいかげんに敵意も薄れてきていいのではないか、と思うお方もおられよう。

 また一方では、敵意や恨みを金で解決するなんて筋違いだという意見もある。でもそんなことをいうなら、過去におこなった残虐行為は、日本人がいかに反省しようと賠償しようと、永遠に責められるべきだとでもいうのか。それでは憎悪は固定されてしまう。平和な未来など夢のまた夢じゃないか。

 とはいえ、このことで重慶スタジアムで騒いでいた中国人たちを非難するのもまた、あたらない。彼らは知らないのだ。日本人が反省して、莫大な援助金を毎年支払っていることなんて。では、なぜ彼らは何も知らされていないのだろうか。

 中国は中国でお国の事情というやつがあって、国内の統一を守っていくのに、敵がいるほうが都合がいいのだ。そのための悪役として、日本人ほどぴったりな連中はいない。なにしろ、日中戦争でのあの暴虐だ。しかも反省しているのは一般国民だけ。支配階級は反省などぜんぜんしていない。毎年夏になると靖国神社詣でをしては、あの懐かしき戦争時代の(つまり自分らだけいい目にあった)経験を賛美しているし。だから、中国政府は日本の援助金のことなんて国民には黙っている。

 それに膨大な金額の政府開発援助にしても、日本の特定企業がハコモノ土木事業をするというひも付き援助で、たまにゲンナマでさしあげたとしても中国の支配階級がおいしくいただいちゃう。つまりどれほど金を使おうと、中国民衆にとってはありがたくもなんともないのだ。重慶のスタジアムで日本選手にブーイングを送った人々は、こうした構造の犠牲者にすぎない。つまり、援助が「目にみえる」形になっていないのがあかんのだ。みえないものは、知りようがない。中国民衆が恩知らずというわけではなくて、援助する側の日本政府、外務省(害務相ともいうらしい)がアホなのだ。

 半世紀にもわたってカネを使い続けて、そのあげくに憎まれているだけなんて、なんちゅう愚行や。カネの使い方ってやつを、ぜんぜんわかっとらんのじゃないか。

■空母機動艦隊を編成せよ。

 そこで私はここに、一大提案をおこなう。日本国が今後数百年にわたって国際社会のなかで名誉ある地位を得るために、まだじゃぶじゃぶと金を使える金満国家としての条件が残っているこの数年のうちに、空母機動部隊を三個艦隊編成し、全世界の海洋に派遣すべし!

 なにを軍国主義みたいなことをいってるんだとお思いか。いや、そうではないのだ、もうすこしだけ話を聞いとくれ、皆の衆。

 戦争のための艦隊ではではないのだ。人道援助のための艦隊なのだ。

 空母は、日本がなんぼでも持っている10万トンから20万トンクラスのコンテナ船を改造すればいい。こいつの上部構造物を整理して、全通平甲板にする。そこに大型ヘリコプターが何台も同時に発着可能なような設備を整える。次に船全体を真っ白にペイントする。船腹には昇る朝日を描く。そして、大病院一式ぶんの医者、薬、ベッド、医療設備・機械を積み込み、どんな総合病院だってぜったいに勝てないほどの超先進洋上病院にしてしまうのだ。それに、援助物資と食料も積み込む。

 もちろん看護婦さんは、かわいくて気だてが良くてやさしいねーちゃんをたくさん積もう。おっと、この部分だけは私の趣味である。

 こんなものを一隻、単独で航海させるわけにはいかないから、補給船としての貨物船とタンカー、休養宿泊のための客船をつけよう。レジャーのためのヨットもいるな。世界の海には海賊のいるぶっそうな海域もあるので、海上自衛隊の護衛艦かイージス艦を二隻ばかり派遣してもらおう。後進国には大型船が入っていけない港湾だってあるから、中型船も二隻ほど必要だろう。さらに、港湾そのものがないような貧乏な地域で活動するための、強襲揚陸艦※も一隻くわえよう。

(※小型ボートを何隻も抱えて運ぶ船のことね)。

 想像してみたまえ。真っ白に塗られた十隻あまりの艦隊が世界中の海洋をおし渡り、東に紛争があれば負傷者を手当てし、西に災害があれば復興を手伝い、北に疫病ありときけば病人を癒し、南に飢餓があれば食料を運ぶ。いかなる対価も求めず恩も売らず、ましてや当事国に口出しなんかいっさいせず、困っている国の沿岸に疾風のように現れて、危機が過ぎれば疾風のように去っていく。ソンナ国ニ、我ガ国ハナリタイニャー。ねえ宮沢ケンちゃん。

 いったい、そのための金をどうする、などと反論しないように。いまやってるODAなんて、みんなやめちまえばいいのだ。現地支配階級と日本の特定ゼネコンだけが儲かって、現地住民が迷惑するようなダムや土木事業や森林開発なんて、ぜんぶやめちまえ。そんなもん、けっきょく恨みを買うだけじゃねえか。インドネシアやフィリピンでは、日本の援助で買った、というか押しつけられたブルドーザーやトラクターが何台も錆びついて放り出されているんだぜ。ガソリンもない、修理施設も部品もない地方に、そんなもん買い与えてなにが援助だ。そのくせ、井戸を掘るなんて大切なことは民間団体にまるごと放り投げやがって。

 そういえば、電気も満足にない国に援助で携帯電話を与えようとしたバカ首相がいたな。「iモードは電線がなくても使える」とかなんとかいってやがった。アホ総理大臣は、携帯電話は充電しなくちゃ使えないことさえ知らんとみえる。それと、電波を中継するアンテナや交換機は電気を必要とすることも。こんな低劣なセンスで援助なんかしたって、軽蔑されるために金を使うようなもんじゃないか。

 それと比較して、わが空母機動艦隊を見よ。これほどまでの「目にみえる」国際貢献はないぞ。人道援助以外の何ものでもないし、ヒモつきでもない。現地政府、住民になんの負担も与えない。ただ金やモノだけを持っていくのではなくて、医療という人とのふれあいを運んでいくのだ。しかも真っ白な船体に昇る朝日。これこそ「日出ずる国」、奇跡の国にして黄金のジパングのシンボル。これに勝るものはあるまい。

 じつのところ、赤十字を描いたほうが国際的にはもっとわかりやすいのだが、イスラム圏では十字は嫌われるという事情がある(十字軍のトラウマね)。せっかくの日本艦隊ではないか、旭日デザインでいいじゃないの。(かなり私の趣味もはいっているが)。

 余談のうえに少し専門的な話になるが、第二次世界大戦が終わっても戦艦を保有していたのは英国と米国だけであった。(ソ連とアルゼンチンとチリも保有していたが、まったく稼働しなかったのでここでは無視ね)。

 しかし太平洋戦争の展開は、現代戦力の中心が空母であるということを証明してしまい、戦艦など時代遅れの兵器であるという説が大勢を占めるに至った。いわゆる「戦艦無用論」である。

 ここで、戦艦の生き残りをはかるために主張されたのが「プレゼンス効果」という理論である。(すっげえカタイ文章だな、でもすぐに終わるからガマンしてね)。

「プレゼンス」というのは、平たくいうと「見せかけで威張る」ことである。戦艦というものは、でかくて強そうで、(見る人によっては)かっこいい。こいつを保有してときどき世界の港を回れば、大国の威信ってやつを外国にみせつけておびえさせる効果があるというわけだ。

 くだらねえ論理だとは思うが、わが日本が真っ白な空母機動部隊を世界の海洋に派遣すれば、もっと良い意味での「プレゼンス効果」にならないだろうか。暴力で威張りちらすのではない。ホントにまったくかっこよく慈愛に満ち、先進的で科学的で、憧れをさそう日本のイメージがここにあるではないか。全世界はわれらが艦隊を目にして、「これぞ人類の理想、21世紀の奇跡」と讃えるにちがいない。無能きわまる国連なんてなんぼのもんじゃい。

 こんな艦隊の存在が世界中に知れ渡れば、やがて紛争や疫病に苦しむ世界中の人々は、「あの白い艦隊は来てくれないのか」と待ち望むようになるだろう。人々は、海岸をめざして移動するようになるかもしれない。やがてある日、夜明けととともに水平線の彼方から近づく一群の艦影。白く塗られたヘリコプターが、ローターの音を響かせて近づいてくる。その姿を目にした人々は、思わず手を振られずにはいられないだろう…。

 こういう艦隊を最低三個群用意して、二艦隊を稼働させ、残り一艦隊は休養と補修にあたれば、いつも世界のどこかで日本艦隊が活躍中という状況を演出できる。こうした援助を必要とする国や地域は、世界中にいっぱいあるのだ。だから四~五個艦隊あればもっといいが、それは予算とのかね合いだな。

 なぜ空母なんだ? ふつうの病院船でいいじゃないかと思われる方もいるかもしれないが、それはぜんぜん違う。ヘリ空母なら病人やけが人を運んできたり物資を運搬するのに、岸壁もいらないし飛行場もいらない。目的地の沿岸に着けばすぐにでも活動できるのだ。ヘリで性能不足の場面は、VTOL(垂直離着陸)ジェット機でおぎなえばよい。そのための機体もすでに実用化されていて、英軍と米軍がいっぱい持っている。

 艦隊に航空機というものがあれば、あらゆることが簡単にできてしまうのだ。近代海軍の戦力の中心に空母が据えられているのも、まったく同じ理由による。この軍事の常識は、人道活動にも応用できるのだ。

 人材をどうする? なんてバカな質問をしないように。そんなもの、公募すれば募集の100倍は応募があるよ。日本というのはとっくの昔に、そういうボランティア大好き国家になっているのだ。知らないなんて人は、ものすごく鈍感な人である。もちろん、私だってまっ先に手をあげるよ。あなただってそうだろう。だってどう考えても、おもしろそうじゃないか。

 さてさて、こんなにもかっこいいことが、今の日本には簡単に可能なのだもんね。やろうと思ったら、すぐにでもできるのだ。私は、やったらいいのにと思うんだけどにゃー。

 さてここで、私はさらに夢想するのである。その艦隊に猫は乗っているだろうか。

 猫は、船にとりつくネズミをとってくれる。乗組員の心をなごませてもくれる。猫セラピーに使うこともできるし。猫は、仕事の役にはたたないが、心の役にはたつのである。ぜったいに、艦隊には猫を乗せるべきだ。それもたっくさん。猫だらけの艦隊にすればいいのだ。そうすればいつしか、猫は平和の使いとして認識され、日本国民統合の象徴となるであろう。天ちゃんはクビにゃ。

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「つまりは、ひとひねりした打算よね」

 かの超美女は、またうがった解釈をする。

「そうだよ。でも、役に立つならいいじゃないか」

「情けはひとのためならず、って知ってる?」

「およよ…」

「人道とか援助とか、打算でやるのは気持ち悪いわよ。でも、それをわかってやるなら、いいアイデアかもね」

 賛同を得たと喜べばいいのだろうか。それともバカにされたのだろうか。私は女というヤツが、いつもながらよくわからない。

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