2009年1月26日月曜日

【猫哲学50】 我が輩は盗作である。

 
       猫┃哲┃学┃の┃お┃部┃屋┃μ┃

(2004/09/24)

 じゃんじゃかじゃーん♪ ついに50回目を迎えてしまったぞ。
 というわけで今回は、猫哲学50回を記念して、特別編です。哲学とはあまり関係ないんだけど、猫哲学としてはだいじな問題を扱います。まあ、読んでみてください。それでは。

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 夏目漱石作『我が輩は猫である』をはじめて読んだ。

 これまでは冒頭の数行しか読んだことがなくて、興味もないからほっておいたのである。私のいまの日常は、それほどまでにヒマだということやね。どうせ岩波文庫だと525円だ、時間つぶしとしてはとても安上がりだし。

 んで、読んでみて驚いた。細部まで盗作なのである。

 この小説(?)がエルンスト・テオドール・アマデウス・ホフマン著『牡猫ムルの人生観』のパクりであることはすでに【猫哲学20】で書いたが、それはあくまで「猫が語る」という全体構造の類似を指摘しただけであって、まさか部分までは似ていないだろうと読みもせず根拠もなく考えていた。だって文豪といわれた漱石先生だもんね、たんなる表面的な類似などは超越して、オリジナリティのあるひとつのちゃんとした作品として成立させているのだろうと、素直な私は勝手に思い込んでいたのであった。

 ところがである。なんとまあ、構造どころか細部まで似ているのだ。こういうことはやっちゃいかんでしょう、千円札文豪先生。こんな小説を日本文学の代表作と持ち上げている人たちは、そうした事実をまったく知らなかったのだろうか。いやいや、そんなことはあるまい。

 ちなみにホフマン著『雄猫ムルの人生観』は、戦前にはすでに文庫本に翻訳されている。読みたい人ならドイツ語など知らなくても日本語で読めたはずだ。だいいち、そのときに翻訳をした人がいるわけなので、当の訳者さんが同工異曲の漱石の本を読んだことがないなどとは考えられない。

 つまり気付いている人はいくらでもいたはずなのだ。その人たちはなぜ黙っていたのだろう。

 やはり、権威にむかって本当のことをいうのは勇気がいるというわけか。「王様は裸だ!」と叫ぶのは、そんなに難しいということなのだろうか。

 さてさてそれでは、ここで私が、漱石とホフマンの類似を対比的に並べ立ててみせてさしあげよう。こんなことをやった人は、これまでに誰かいたのだろうか。たんに私が知らないだけのことかもしれない。でも知らない人にはもちろん初耳なんだから、やっておく意味がないわけでもあるまい。でわっ、いくぞ。
(以下の引用は、夏目漱石作『我が輩は猫である』岩波文庫版と、ホフマン著『牡猫ムルの人生観』深田甫訳・創土社「ホフマン全集」第7巻からのものです)(そんな本を持っている私は、やはり変人かもしれないな)。

 まず冒頭。ほんとにもう、冒頭からパクりなのである。漱石の作品では猫が生まれてすぐの話からはじまるが、ホフマンの作品も同じく猫の誕生からはじまるのであった。
 まず、『我が輩は猫である』の冒頭:

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「どこで生まれたかは噸と見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていたことだけは記憶している。」(7頁)
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 次に、『牡猫ムルの人生観』の冒頭:

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「余がこの世の光を目にした場所が(どこであるか)…余みずから決して決着のつけようもないままでいる…。ただぼんやりと余のまわりで唸るような、鼻息のような音色がひびいていた…あれは余じしん(の)声とおなじものである。」(24頁)
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 言葉選びこそ違うが、内容はまったく同じことを書いている。生まれてみた光のことと、きこえた声のこと。それが自分の声だということ。記述の順番までいっしょだ。なにもこんなことまで似せなくてもいいようなものだが、基本的な構造をパクった以上、似たようなはじまり以外のプロットを思いつかなかったのだろうか、大文豪さんは。

 登場人物の配役についても、おなじような真似が繰り返される。

■『我が輩』の場合、飼い主は英語教師で物書き。つまり漱石自身。

■『牡猫ムル』では、飼い主は音楽家で文化人。つまりホフマン自身。

 せめて主人を女性にするとか、あるいは子供にするとか、またはただの野良猫にするとか、パクり元との違いをつくる方法はいくらでもあっただろうに、わざわざホフマンのプロットそのままを採用している。なんとまあ工夫のないことだろう。

 ものすごい細部に関しても、文豪先生は真似てしまっている。いや、細部だからこそ無防備になったのだろうか。悪さをした猫を飼い主がひっぱたく場面があるが、ムチを使うという、日本人が普通に猫をしつける場合にはほとんど使わないような珍しい方法を書いてしまっているのだ。

 漱石の猫:
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「現に先達ってなどは物指で尻ぺたをひどく叩かれた。」(11頁)
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 ホフマンの猫:
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「…師匠は余に最初の白樺の小枝をふるわれたので、余としても不運のきわみであった。」(58頁)
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 鞭というものは西洋ではとても一般的な道具であり、小学生を指導する教師が使ったりもするが、日本ではほとんど使用されない。まして、猫のしつけにはほとんど使われない。

 おそらく漱石先生、猫のしつけを実際に経験したことがなくて、本で読んだ知識をもとに書いたにちがいない。つまり先生は、猫のことをなにも知らないで猫文学を書いたのである。ホフマンの猫への洞察に満ちた文章と比較すると、外見はおなじものなのに、質の差はあきらかだ。

 もうひとつ、細部をいっとこう。主人公の猫が、雌猫と逢い引きする場面が両作品ともに出てくる。その記述は、以下のようなものだ。

 漱石:
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「いるかなと思って見渡すと、三毛子は…(一行略)…行儀よく縁側に座っている。その背中の丸さが言うに言われんほど美しい。曲線の美を尽くしている。尻尾の曲がり加減、足の折り具合、物憂げに耳をちょいちょい振る景色なども到底形容が出来ん。…(三行略)…我が輩はしばらく恍惚として眺めていたが、やがて我に帰ると同時に、低い声で『三毛子さん三毛子さん』といいながら前足で招いた。…」(42頁)
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 ホフマン:
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「こころよい予感がおこって、彼女はこの建物のまえにいるぞおしえてくれたので、階段をおりていくと、はたして彼女がじっさいにそこに居たではないか! おお、すばらしき再会! …(一行略)… ミースミース、このちいさな女性は、のちに聞き知ったところではそういう名でよばれていたのだが、そのミースミースが後脚をおった美しい姿勢でそこにすわり、かわいらしい前足で幾度となく頬のうえ、耳のうえを撫でつけながらお化粧をしているところであった。…(四行略)…『愛くるしき方よ』と、余はしずかに語りはじめた …」(323~324頁)
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 雌猫がいるかなという期待、座っている猫の姿、それを「美しい」という感情、話しかける主人公、その声の大きさ…、そしてそれらが記述される順序。

 このふたつの文章の類似がただの偶然であると思う人は、文章をいちども書いたことのない人である。これ以上こまかい分析はばかばかしいのでやめておくが、漱石先生、よほどホフマンの作品を愛読されていたものとみえる。

 それにしたってまあ、ホフマンの描いた雌猫の名前がミースミース、漱石の場合は三毛子…。なんぼなんでも露骨やないかい(大笑)。

 こんなことをやってバレないと思っていたのだろうか、大文豪先生。一般に悪事をおこなう者は、どこかで驚くほど間が抜けていたりするものだが、この明治の文人もその例外ではなかったということかにゃ。

 漱石の作品は、物語が進むほどに(そもそも物語というほどの展開など皆無だが)猫の日常というよりも、飼い主の日記の長々とした引用、先生宅を訪れた客とのおなじく長々とした会話の描写などが主題になっていく。もともと漱石先生はそうした自分の身のまわりのことが書きたかったわけで、猫などそのための道具にすぎない。岩波文庫版では猫となんの関係もない記述が延々と何十頁にもわたって続いたりする。

 実はホフマンの作品も、その意図についてはほとんどおなじである。彼は、当時の著名人とのつきあいやゴシップを、猫の目を通して大笑いしているわけだが、そんな作品を書くにあたって、ホフマンは愉快きわまるオリジナルなしかけを用意していた。

『雄猫ムルの人生観』という作品の冒頭は、まず編集者のまえがきからはじまる。その内容がまた笑えるように書かれているのだ。編集者によれば、あるとき牡猫ムルが主人の書斎をひっかきまわしているうちに文字の読み書きを覚えてしまい、ついには猫自身が自らの一代記を執筆してしまったというのである。

 しかもその猫一代記は、主人が書きためていた手記や日記の紙の裏側や余白を勝手に使って書かれたために、主人の文章とごちゃごちゃに混じってしまって、それがそのままで印刷されてしまった。というわけでこの本には、雄猫ムルの文章と主人の文章がなんの脈絡もなく交互に出てくる。猫の文章は自分がいかに偉大な猫であるかという自慢がその内容で、主人の文章は彼の身の回りの(つまり当時の有名人の)ゴシップの暴露になっている。

 いやはや、じつに周到にしてファンタスティックで大笑いできる言い訳まで用意して面白がらせてくれるのがホフマンの作品なわけだ。それにくらべて、漱石先生の芸のないこと。なぜ猫が語っているのか、書いてまでいるのか、そうした基本的な疑問や違和感にこたえる配慮など皆無である。ま、いちいちそんなことに理由などなくてもいいというのが日本人の「いわずもがな」風な美徳であったりもするので、私はべつにどうでもいいんだけどね。

 べつにいいとは思うが、漱石の構造とホフマンの着想を比較してみたとき、漱石のものがホフマンのコピー、しかも劣化コピーになっているというなさけない事実だけは、ぜひとも指摘しておきたいぞ。

 さてここまでが、漱石の作品のごく最初のほうの一部分を比較したところでの報告である。ざっと読み通すのであれば全体をすでに読んでしまったので結論が変わることはもはやありえないが、細かな比較分析ということでは本当はこれからが佳境である。いずれそのうちぜんぶをご報告できることもあるでしょうが、しかしもう、これだけでも十分じゃないかな。あまりに長くなっても、読者にとっては迷惑にちがいないしね。

 では止めということにして、もうひとつだけ決定的な類似点を書いておこう。漱石大文豪様の小説は主人公である猫の死によって唐突に終わるのだが、ホフマンの作品もやはり牡猫ムルの突然の死によって終わるのである。

『我が輩』のラストシーン:
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(主人公の猫はビールをなめて酔っぱらったあげく、大きな水瓶に落ちておぼれてしまうのだが、それは11月のことである)。
「次第に楽になってくる。苦しいのだかありがたいのだか見当がつかない。…(略)…日月を切り落し、天地を粉せいして不可思議の太平に入る。我が輩は死ぬ。死んでこの太平を得る。…(略)…ありがたい、ありがたい」
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 なんでおぼれて死んでいくものが文章を書いたりできるんだよ、などといじわるなつっこみを入れるのは下品ではあるが、漱石のこうした無思慮とはまったく対照的に、ホフマンの場合はそんな矛盾を指摘されないように用心深い配慮がなされている。そこが真の創造作家と盗作屋の違いなのだよといいたくなってしまうのだな、私としては。

 では、ホフマンのラストをご紹介しよう。牡猫ムルの死は、ムルの一代記の編集発行人のあとがきの中で告げられる。

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「…編集発行人は事情やむをえずここに、好意ある読者にきわめて憂うべき事情をお伝えせざるをえない。賢明で、思慮もある、哲学者にして文学者でもあった牡猫ムルを非情の死がかれの美わしき生涯のなかばに拉し去ったのである。十一月二十九から三十日にいたる夜半、わずかな時間ながら烈しく苦しんだのち、賢者たるにふさわしい落ちつきと平静さをもってこの世に別れを告げたのであった。こうしてここにまたも、早熟な天才というものはいつもきまって、どうしても普通に期待されるような終わり方をしないものだという証明を、もうひとつ追加することになったのである。…」
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 ムルは11月に死んだのだ。漱石さん、こんなことまで真似ている。

(ここで、ホフマンは音楽家でありモーツアルトおたくだったことを思い出してほしい。モーツアルトの若死にと対比することで、牡猫ムルの死には、天才はなんで早逝しちゃうんだろうなーというホフマンの慨嘆を表現するための必然性がある。漱石の猫の唐突で何の脈絡もない死とは、その文学性において質の差が歴然としているのだ。と、ちょっとだけ文学論的セリフを書いておいてやろうっと)。

 あ、さて。これほどまでの類似点を並べ立てられて、まだ「偶然だ」などと反論できる方がいるのなら出ていらっしゃい。丁寧に粉砕してあげるからね。

 ところで、実をいうと漱石先生、この小説の最終回でみずから元ネタがあったことをバラしていらっしゃるのだ。その部分を引用しよう。岩波文庫版の511頁:

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「…先達ってカーテル・ムルという見ず知らずの同族が突然大気炎を揚げたので、ちょっと吃驚した。よくよく聞いて見たら、実は百年前に死んだのだが、ふとした好奇心からわざと幽霊になって吾輩を驚かせるために、遠い冥土から出張したのだそうだ。…」
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 これだけ読めば良心的なカミングアウトともとれるが、実はそうではない。むしろ、見苦しい言い逃れのたぐいなんだからくだらないね。

 明治39年5月、まだこの小説の連載中に、雑誌『新小説』誌上で藤代素人という人が「猫文士気炎録」という一文を載せて、漱石の小説がホフマンのパクりであることを揶揄したのである。そこで文豪先生は怒ってか焦ってか、いきなり猫を殺して最終回にしてしまったというわけなのだ。

『吾輩は猫である』は雑誌『ホトトギス』の明治39年8月号で最終回を迎える。『新小説』でネタをバラされたのが5月。明治時代の出版事情では、原稿執筆、植字、校正、印刷、製本、配本というスケジュールを考えると、3ヶ月後に最終回、連載ストップというのは最速のペースといえるだろう。漱石先生、パクりを暴露されたらとたんに連載を放り出したというのが妥当な線だろう。

 日本の文学界がこのスキャンダルをどのように受け止めたかについては、岩波文庫版の末尾にある「解説(高橋英夫)」を読めばおおよそのことはわかる。引用してみよう。

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「…ロマン派時代のドイツの作家E・T・A・ホフマンは猫を主人公とした『牡猫ムルの人生観』を書いたが、漱石は藤代素人によって、ホフマンと自作との類似を指摘されるまではその事実に気付いていなかったとされている。ホフマンとの類似はその意味で『暗合』だったが…」
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 うっそだーい。「気付いていなかった」だって? 「暗合」だって?そんなことあるはずないさ。だって私が先にいっぱい指摘した「類似」が「偶然に?」あれほど繰り返されるなんて、そんなの奇跡としかいいようがないではないの。

 ホフマンという人はロマン派時代の人気作家だったから、漱石先生のロンドン留学中には、英訳本がなんぼでも出回っていたはずだ。先生がそれを読む機会がなかったなどとはいわせないぞ。

 私は猫哲学シリーズでいろいろな権威をバカにしてきたけど、今回ほど多くの人に同意してもらえそうな内容はないと思うね。

 でも、なあんだ。けっきょくみんな知っていたんじゃないか。知らなかったのは私だけだったのか。どーりで、いつだったか○○先生とこの話をしていたら、「もちろん知っているとも、はっはっは」と笑っておられたわけだ。

 それにしてもなあ…。盗作と知らないであがめ奉るのもアホだが、知っているくせに知らんぷりをきめこんで、そのうえで称揚までするのは悪質である。この作品は中学生の教科書にまで載っているんだからね。子供たちに盗作を奨励するようなもんじゃないか。現代の知識人たちが道徳的に壊れているのも無理もないよな、こんなもんを教材に使われて教育されたんだからなあ。

 いやいやいや、それともそれとも。

 これは、日本人の知的モラルを低劣なままに貶めておきたいという、文部科学省の陰謀なのかもしれないぞ。文庫版『牡猫ムルの人生観』がいつまでたっても復刻されないのも、ホフマン全集が未完のまま途中で廃刊になっちまったのも、これらすべては盗作大文豪様の権威を守ることで日本人の知性を破壊しようとする当局の策謀と考えれば、なるほどと納得できるのである。

 そういえば森鴎外などというインチキな愚物がいまだに権威とされているのも、同じ作戦によるものなのだろうか。(森先生の話もおもしろいんだけど、またいつかそのうちにね)。こんなことに騙されてはいけないぞ。目覚めよ、日本の知識人。てなことをいまごろ叫んでも、もう遅いのかなあ。ほへ。

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「あなたねえ、いまどき夏目漱石なんていったい誰が読むのよ」

 いつもおなじみの超美女は、いつものように容赦というものがない。

「それはそうじゃが…、教科書とか…、千円札とか…」

「そんなもんに、なんの価値があるのよ」

「…ないな」

「もうちょっと、意味のあることにエネルギーを使いなさい。たとえばあたしに食事をごちそうするとか」

「それに意味とか価値はあるのか」

「ないっていいたいわけっ?!」

 …またくだらない会話をしてしまった。


[上の文章は、約4年前に書いたものです。]
[original from 【猫哲学HP】 http://nekotetu.com
[mail to:nekotetu@mbr.nifty.com]

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