2009年1月26日月曜日
【猫哲学60】 少子化がなんで悪い。
猫┃哲┃学┃の┃お┃部┃屋┃μ┃
(2005/02/11)
これまで書かなかったが、うちのバカ猫はオス猫である。
私がオスがいいと思ったわけではない。たまたまこいつがそうだったというだけだ。
まだ子どもなので、発情はしない。そのときがきたら去勢したほうが飼いやすいわよ、と姉はいうが、私はどうしようかなと考えている。なにごとによらず、不自然なことは好きじゃないのだ。
でも、そうしたほうがこやつにとっては気楽でいいのかもしれない。私にとってもそうかもしれないし。ま、困ったらそのときのことだ、なりゆきで考えよう。
いずれにせよ、この駄猫が子をもつなんてことは、まずありえない。血統書つきのゴージャスな猫ならともかく、こんな駄猫の子種がほしいなどと頼んでくるような雌猫の飼い主なんて、どう考えてもいるはずがないからである。
猫もそうだが、私もそうである。
これまで一度も書かなかったけど、聡明な読者のみなさんなら、私が独身だということぐらい察しがついておられるだろう。わからないはずがない。
これまで一度も女性にモテなかったという私の珍しい人生のことは、くだらないから書かない。つまりいいたいことというのは、今後、私が子どもを持つなんてことはないだろうということだ。バカ猫と同じである。
とはいえ、私はこれを不幸だなどとは考えていない。幸福だとも思っていないけどね。なりゆきでそうなっちまったもんは、しかたないじゃないか。家族の不在という淋しさとひきかえに、この気楽さを楽しんでやるんだ。文句あるか。
私には姉が三人いるが、ひとりは結婚していて子どもがいない。二人は独身である。私の酒飲み友だちはほとんど結婚しているが、でも子どものいるのは一人だけで、しかもその子も一人っ子である。
要するに周囲を見回してみると、子どもの影がものすごく薄いのだ。これは、私だけの特殊事情ではなさそうで、同世代の誰と話をしても、みんな同じようなことをいっている。これは、人類の歴史のなかで、かなり奇異な現象だと私は思う。
そんなわけなのかどうか、世の中が少子化だと騒いでいる。
あの悪名高き新年金法の算定でも、出生率の数字がインチキに計算されていて、国会で大騒ぎになった。予想されているよりも少子化は進んでいるらしい。間違った予測数字に基づいた法案などさっさと廃案にすべきなのだが、それが廃案にならないのが大人の世界の不思議というやつで、だから大人なんて信用ならない。
おっと、今回は政治の話ではない。少子化の話なのだ。
若者が子どもを生もうとしないそうだ。そんなこと若者の勝手だろうがと私は思うけど、それが問題なことらしい。いったい、なぜ問題だというのだろうかね。
このままでいくと、この国がなくなってしまうじゃないかという人がいる。じゃあその人に聞くが、国がなくなってなぜいけないんだ。
大ローマ帝国は滅び去ったし、ローマの以前にイベリア半島に勢力をふるっていたエトルリアは痕跡しか残っていない。シュメール文明も文字と廃墟しか残さなかった。クレオパトラのエジプトも今はない。西ゴート王国も東ゴート王国も名前しか残っていない。南アメリカでは、マヤ帝国もアステカ帝国も遺跡だけ残して消えてしまった。アフリカ大陸の古代王国なんて記録も痕跡も残っていない。だけど、それで誰か困っているのか?
日本のご近所でも、渤海や契丹や金や高句麗なんて影も形も残っていない。国家としては消えちゃったけど、でも山河は残ったし、人間だって生きている。それでいいじゃないか。国家なんてものは、悠久の歴史からみればただの夢幻だ。いつかは必ず消え去る運命なのだ。それがどう問題だって?
それでは子孫に対して無責任だというご意見もあるが、子孫の幸せをいいたいのなら半減期2万4000年のプルトニウムや半減期45億年の劣化ウランなんか生産するな。放射性廃棄物を子孫に永遠に押しつける原発なんて止めてくれ。いまやめろ。すぐやめろ。それを実行してから、私にえらそうなことをいいやがれ。放射能問題は、国家が消えてなくなったとしても何万年も残されるのだぞ。
それにやね、人口が減ったからといって、急にいきなりゼロになったりなんかしないって。適当なところで安定し、余裕があるならまた増えはじめるさ。それが生物ってもんだ。自然の摂理ともいう。
日本の国土が、食料輸入に頼ることなく独力で養うことのできる人口は、およそ2000万人程度だという試算をみたことがある。江戸時代の末期がちょうどそれくらいだったとか。
そこから考えると、現代テクノロジーによる効率化を計算にいれたとしても、だいたい倍の4000万人ほど、多くて5000万人程度が妥当な人口だろう。つまり今は8000万人ほど多すぎるのだ。もちろんこの私も、その余分な8000万人のひとりである。
で、この国の人口が5000万人になったら、いったい誰が困るというのか。それは政治家と官僚と老人たちである。
まず、税金をふんだくっていい目をしようと考えている官僚と政治家は、税収が落ち込むので困る。いまこの国は1000兆円をはるかに超える借金をかかえている。その利息を支払うだけで、年間40兆円もが必要なのだ。でも、国の税収は26~28兆円程度である。これでは利息さえ払えない。現実には、借金をしてその利息を払っている。ということは、借金は永遠に減らないどころか、加速度的に増え続けるのだ。こうしてたまっていく膨大な借金のツケは先送りされている。ということはつまり、今の若者たちに「おまえら、がんばって返済しろよ」と放り投げているのだ。どこの大人が、若者にまじめに生きろなんて説教できるよ。
次に、若者たちに年金を払わせて自分たちは老後を安楽に暮らそうと考えている老人たちが困る。年金というのは本来、自分でためた金を老後に有効に使おうという考え方だが、この国では若者から問答無用で金を奪って養ってもらうことを年金というらしい。そういうのは、ふつう「税金」っていうんじゃないか?
それと、官僚が困るというのは、やつらの給料の総額が30兆円に達しているからだ。こんなこと、知ってた?
さっきも書いたけど、国の税収が30兆円に足りないということを思い出していただければ、何が問題なのかがわかるだろう。つまり官僚というのは、給料をもらうだけでもすでに赤字で、それ以上なにをしようとしてもすべて赤字という存在なのだ。ただの事務さえできない。紙やボールペンすらも赤字でしか買えない。役所に行って電気をつければそれだけで赤字だ。それだというのに無駄な公共事業をやって、それもまた赤字ににしている。わざわざ赤字の出費をして、それ以上の赤字をつくっているわけだ。
私が総理大臣なら、まず公務員の人数を半分にし、さらに残った者の給料を半分にするな。そうしてやっと、役所の事務処理だけならまともにできるようになるのだ。
(○○せんせい、すみません。でも私は、教育者は別格だと考えていますので。それに、国立大学は独立行政法人になるんだったな)。
以上のことをよく考えてくだされ。人口が減少したからといって、減っていく人たち、つまり当の若者たちは、なあんにも変わりゃしないのである。というか、出生率がどうであろうと、いまの若者たちは利用されて捨てられるだけなのだ。
彼らは、いくら働いても働いても税金で取っていかれてしまい、自分の幸せのためには金を使えない。そして老後になっても、年金なんて破綻しているからもらえない。ただの使い捨ての運命が待っているだけというのが、これからの若者の将来なのだ。
だから私は、たまたま若い子と話をする機会があれば、「勉強なんかするな、働くな。いずれ老人たちは死んでしまう。あんな連中を支えるために生きるな」とハッパをかけている。そのうちもっと人口が少なくなれば、人間の大切さが目にみえるてわかる時代がやってくるだろう。そのときがくるまで、適当にサボって生きろよ、と。
ところが若者たちは、まじめなんだよなー。ちゃんと働いて、日本の未来を支えるのは私たちなのだというのよねー。こんな人たちに向かいおまえらアホかいな、とまではとてもいえない私なのだ。
私自身は、そんな若者たちの犠牲のうえに立って老醜をさらそうなどとはいささかも考えていない。自分の力で生きることができなくなる前に、どうやって死んでやろうかといつも考えている。いつも考えているのだから、そのうちにいい方法を思いつくだろう。
とはいえ私は、ちょっとばかり小金持ちであるから、貯金がなかなか減らないのである。外国債やファンドの利息配当収入が月に○○万円はある。外国債だよ、日本には負担をかけていないからね。それに家は持ち家だし、ローンは僅かなものだ。誤解のないようにいっておくが、これらはすべて自分の稼ぎで得たものだ。親からは一銭ももらっていないぜ。むしろ23歳で就職して以降は、毎年、親に小遣いを渡していた。そのうえでの今なのだ。それに大学の授業料だって、半年で9000円の公立だった。なんて親孝行なんだろうねえ。なにか文句のあるやつは出てきやがれってんだ。ま、そんなわけで私は、今後もけっこうしぶとく生きるにちがいない。みなさん、どうぞご心配なく。…って、誰も心配なんかしないかにゃ。
おっと、なんの話だっけ。そうそう少子化の話だった。
そんなわけで、このあいだも北浜の○村證券大阪支店に行って、資産運用課というところで債権運用の相談をしてきたのだ。とはいっても、むこうがきてくださいというので行ってあげたのだが。それが少子化と何の関係があるのかって? まあ、続きをお読みいただければわかりますよ。
その○村證券で私を担当してくれている営業のお姉ちゃんは、ちょと美人で若くてインテリで、昨今の国際情勢をからめた外国通貨の見通しとかを解説してくれたりするので、私にとってはすごくありがたい。でも、英国本土の劣化ウラン汚染のことを知らないで英ポンド債の運用を私に奨めたりする程度の人なので、こちらから教えてあげたことのほうが多かったけどね。でも劣化ウランがマグネシウムやナトリウムと同様に燃えやすい金属なのだということはすぐに理解を示したから、ある程度の教養人だと認めることとしよう。
で、その彼女がいうのである。世界の人口はこれから増え続けるが、人口の90%はインド、アフリカ、中国、インドネシアなどの後進国が占め、先進国の人口は逆に減り続けるのです。2020年頃になると、先進国の人口は全体の10%ということになるといわれています。今後の資産を分散運用する際に、いったいなにを判断基準にしてどこに投資すればいいのでしょうね、とかなんとか。
私は話をはぐらかして真剣な会話に入らなかったが、その人口統計とやらを疑っている。昔のことを知っている人はご存知だろうが、今から100年ほど前に、アジアの人口増加を憂慮したヨーロッパ人によって「黄禍論」という理論が流行した。黄色人種による災い。要するに白人じゃない民族の人口増加が災難であるという理論である。(黄禍論についてはここでは詳しく説明しません。百科事典で調べてちょ)。
100年前と同じようなことをいまだにやってるのか。しかも日本の経済を動かしている○村證券ほどの社員が、そんなものを信じているとはね。信じているだけならまだいいが、客を相手にそんなことを説明材料に使うとは。野村證券のお姉ちゃんは毎日毎朝いっしょうけんめいに日経新聞・朝日新聞を読んで勉強しているにちがいない。一般的日本的知識人の「朝日新聞的知性」と私はよんで軽蔑しているが、その底の浅さをまたまた思い知ったような気がした。
さてここで、猫哲学の読者のみなさんにだけ、この世の真実をバラしちゃいましょう。後進国の人口はなぜ増えるのだろう。さあ、やっとここからが哲学なのだ。
たしかに、後進国で人口は増え続けている。では、なぜ人口は増えるのだろうか。自然のなかで自然に生きている人間であれば、環境の許容範囲を超えるような増加はしないはずだ。人間だけの話じゃない。草食動物も肉食動物も、魚も昆虫も、自然環境が許す以上の増加はしないものなのだ。それなのに、人間ばかりが不自然に増加する。その原因はいったいなんなのだろう。
ちなみにマルサスの人口論なんてのは、自然現象に無思慮に単純な数学を導入した、ただの空論である。それがいかに幼稚な理論であるかは私がこれから展開する人口論と比較すれば、歴然とするであろう。えへん。
猫哲学がいつもそうしているように、今回もいきなり結論を書いてしまうぞ。人口増加の原因とは、貧困と恐怖なのだ。
貧困と恐怖。それがなぜ人口増加の原因なのかって? そういう疑問を持たれる方はかなり鈍感な人だと思うが、いちおう説明しておきましょうね。わかる方は、しばらく飛ばして読んでください。
まず貧困。これは、働くことの意味をなくしてしまう。いくら働いても、食えないのが貧困だ。そんななかに置かれたら、人はなにもしなくなってしまう。当然のことだがテレビもない、新聞もない、ホントになんにもない。自然状態であれば目の前に森や海や草原が広がっているから、そこに楽しみはなんぼでもあるが、近代化された社会ではそれもない。ただ貧しく狭い部屋に嫁と子がいて、ひもじいだけ。動くにしても腹が減るから無駄な動きはしたくない。そこで、なにも気をまぎわせるようなことがホントになんにもなければ、肉体以外になにも持っていない人が気晴らしにやることは決まってまんがな。ほんで子どもが生まれるわけよ。貧乏人の子沢山とはよくいったもんだ。
次に恐怖。これは動物実験で確かめられている。ハツカネズミでも猿でも、異常な(恐怖をともなう)状況にさらされれば、しかも逃げ出すことのできない環境であれば、一生懸命に子づくりをする。不安から逃れるのにそれしかできることがないということもあるだろうし、生物種として生き残りの可能性を高める最後の手段だといってもいいだろう。彼らは、当然やるべきことをやっているだけだ。
大腸菌だってカビだって、シャーレに毒を入れられると、いきなり増えるのだよ。毒の量が限度を超すと、死滅するのだけどね。
では、黄禍論がとなえられた100年前に、アジア・アフリカ人たちを貧困と恐怖におとしいれたのは何者なのだ。
そうだ。そうだよ、おまえらヨーロッパ人が、それをアジアにもたらしたのとちがうのか。黄禍論などとは盗人猛々しいもいいとこだ。いま中国では人口が増え続けているが、その遠因にはイギリス人によるひどい暴力がある。歴史的には阿片戦争と呼ばれているあれのことだ。一説には、5000万人が殺されたらしい。もちろん近代日本天ちゃん軍事帝国にもその責任があり、毛沢東による文化大革命にも原因はあるのだが、そのことはまた別の機会に。
インドでも人口は増え続けているが、それもまた同じく17世紀に英国人によって社会構造をぶっこわされたからだ。英国人はインド人の社会を破壊するために、会社までつくった。東インド会社という。この話も、いつか産業革命の話をするときに、詳しく書きましょう。
それに、イスラエル建国のために故郷を追い出されたパレスチナ人。あれほど過酷な環境に身をおきながら、じつは人口は増え続けているのだ。すごいよね。
アフリカにおける人口爆発、インドの人口爆発、中国の人口爆発、インドネシアの人口爆発、それが地球の災いだとおっ! それを止めたいのなら、ヨーロッパ・アメリカの白人どもよ、いますぐそれらの地域に対する手出しをやめろ。なにも奪うな。いっさい介入するな。そこから立ち去れ。そうすればわずかの時間も必要なく、人口爆発は止まるだろうよ。きさまらにその勇気があるか。おのれらの利益、強欲を捨てる勇気ってやつが。日本人の美学では、そんなものを勇気とさえいわないのだけどね。
ああ、イギリス人は嫌いだ。ついでにアメリカ人も。あ、お仲間だよな。
さて、日本の話に戻ろう。江戸時代に2000万台だった日本の人口は、1890年頃にはいきなり5000万人にまで増加した。これを明治政府の賢政によるものと考えるのであれば、それはまた誤りだろう。むしろ天下太平江戸200年の末に訪れた、黒船開国、維新動乱という恐怖への適応と考えたほうがわかりやすい。
しかもその前後はちょっとした氷河期で、特に東北地方では不作、飢餓が地域を覆いつくしていた。本来であれば、江戸幕府の統治機構が正常に働いてこの悲劇を緩和できたはずだが、幕府がそれどころではない状態に置かれていたために、東北地方の飢餓がより深刻なものになったのだろうなと私は考えている。
それに、江戸時代末期の通貨政策(というよりも欧米人による黄金の強奪)が、日本全体を貧困に陥れてもいた。それほどビンボーだったというのに、というよりもビンボーだったからこそ、人口はどんどん増えたのだ。
つまり、日本の人口増加も、恐怖と貧困が原因だったというわけ。
東北地方の飢饉はそれ以降も続き、昭和初期には娘を売ったりとか悲劇的な様相を呈していた。2.26事件の原因の根本にはこの東北飢饉があると私は考えている。というか、歴史書にも書いてある定説だな。その間、やはり人口増加は続き、昭和15年にはついに8000万人に達した。それが太平洋戦争前夜のことである。貧困と恐怖が人口増加の原因だと私がいうのは、日本の歴史が証明しているのだ。
こんな歴史解釈、一度もきいたことがないでしょ。この私が、他人の理論をただ紹介だけするわけなどないのだ。猫哲学はつねにオリジナルなのだ。ホントだよ。
この後、日本は太平洋戦争に突入する。そして敗戦。ずいぶん多くの人が亡くなったと思うが、敗戦と貧困という人口減少の要因らしきものがありながら、戦後、昭和30年代の人口統計では1億人をはるかに超えている。
そして昭和の高度経済成長、平成のバブル経済と続き、いまや人口は減ろうとしている。貧困と恐怖がなくなったからだ。つまり、あたりまえのことが起きているだけなのである。それがなぜいけないのだ。おかしな理屈をこねまわしたところで、この自然現象を止めることなど誰にもできやしないぜ。
とはいっても、政治家がこのことを真剣に危惧しているのなら、ちゃんと考えてやるべきことをやればいい。人口を増やすことは無理だろうが、まじめに政策を検討すれば、人口減少を遅らせるくらいのことはできる。過去に成功例があるのだから。そんなことも、知らない人はきっと多いんだろうな。
その成功例をご紹介しよう。
1970年代のスウェーデンで、いまの日本とそっくり同じようなことが起きていた。当時スウェーデンでは、若者たちが結婚しようせず、子どもをつくろうともせず、出生率がどんどん低下していった。政府は危機感を持って、いったいなにが原因なのかをきちんと考えた。ここんとこが、なにも考えない日本政府と違う点である。
そこで、スウェーデン政府が考えた原因と対策とは、以下のようなものだった。
スウェーデンという国は山がちで、平野が少ない。そのため、土地や不動産の価格がやたらに高い。この点は日本にそっくりやね。
当時スウェーデンはある種の経済的成熟に達していて、給料は上がらない、税金はメチャ高い、不動産価格は暴騰、若者は一生働いたって自分の家なんて持てない状態になっていた。あれま、日本のバブル期とそっくりではないの。
それで若者たちは、家をあきらめ結婚もあきらめ、親の下でゴロゴロしながら勝手気ままに生きていた。当時のスウェーデンは「フリー・セックスの国」といわれて日本のすけべ親父どもの妄想をかきたてたものだが、その実態は結婚をあきらめた男女たちによるあたりまえのことが起きていたにすぎない。
さて、分析の結果ここまでわかってきたスウェーデン政府はどうしたのか。まず、若者が家を持てるように税制を変える、婚姻の補助金を出す。子どもが生まれればめいっぱい補助を与え、女性が子育ての間に職を失わないように労働制度を改革した。そして、政府みずからが公営住宅を建て、若い夫婦を優先的に入居させた。
こうして若いカップルが自分の家を持てるようになると、やることは決まってまんがな。出生率は上昇し、スウェーデン政府の悩みはひとまず解消されたってわけ。
こういう成功例があるのだから、出生率低下が本当に問題なのであれば、日本政府も同じようなことをやればいいのだ。でも、やらないだろうな。私にはわかっている。これもまた政治の必然なのだ。
若者と老人とを人口で比較したら、日本では老人のほうが圧倒的に数が多いのだ。しかも若者は政治に関心をもっていないので、投票率は低い。政治家にとって、票に結びつかない勢力の利益を配慮するなんてナンセンスもいいとこだ。日本の将来なんかどうでもいい。目先の票集めだけが目的なんだから、老人を甘やかす政策以外の選択肢を選ぶ政治家なんていやしない。若者の意志なんて、少数派なんだから、票に結びつかない。無視していいのだ。それが政治家というものの本質である。
実をいうと私は、政治の問題なんて猫哲学で扱いたくない。しかし、ありのままの現実を語るときには、ときどき触れざるをえない。政治こそが、現実のナマの一面なのだから。プラトンだってやったことだし、やはり避けては通れないんだろうな。ほへ。
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こんな話をいつもの超美女としていたら、彼女はうれしそうに笑ってこういった。
「あたし、子どもがどんどん増えるようにする、いい方法を思いついたよ」
「どうするんだ?」
「みんな、もっとビンボーになればいいのよ」
「なるほど! 政治家はそれを狙っていたのか!」
「これで解決よね」
「でも、きみだってビンボーになるんじゃないか」
「ばっかねー、あたしがそんなことになるわけないじゃん」
…。そりゃあそうだろうよ、けっ!
この世というのは、不公平にできているものなのだ。否定しても意味はないが、でもムカつくよなあ…。
[上の文章は、約4年前に書いたものです。]
[original from 【猫哲学HP】 http://nekotetu.com]
[mail to:nekotetu@mbr.nifty.com]
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