2009年1月25日日曜日

【猫哲学3】 猫は星をみるか。

 
       猫┃哲┃学┃の┃お┃部┃屋┃μ┃


 星をながめるのが好きだ。

 あの、すーっと魂が空に落ちていきそうな感じ。地上の何もかもを、ひととき忘れる。(魂の実在がどうのこうのなんてつっこまないようにね。比喩なんだから、あくまでも。)

 ところでわが家の猫は、まったく星をみない。ロマンのないやつだなと思って、ほらみろ、星だぞ、星。などと指さしても、顔だけは上を向くが、目は地平線あたりをみている。おら~、みろといったらみろ、と両手で高々と抱き上げれば、顔はしっかり下を向く。あたりまえか。

 猫には星がみえるのか。これはなかなかに深遠な問いである。

 猫も人間も同じだが、基本的には生存に必要なものしかみていない。必要でないものは、みえないのだ。人が虹をみて七色だというのもそれで、実際には七色以上の何万色もの色が含まれているし、虹の外側に広がっている紫外線、赤外線の帯は、みえない。たしかにあるのに、みえていない。

 星が猫の生存に必要かというと、大陸を越えて旅する猫というのがいたとしたらそいつには星も有用だろうが、そんな猫の噂はきいたこともないし、うちの猫はもちろんそういう輩ではない。星の光はたしかにこやつの網膜に届いているはずだが、必要がないからみえないという話にも一理ありそうだ。

 星が人間の生存になぜ有用かって? そんなことを質問する人は古代の農業やら航海術等々、ちゃんと勉強するように。

 しかし、有用であるかどうかにかかわりなく星をみる人たちがいる。古代では星をみていて溝に落っこちたターレスなんかが有名だが、彼らに、なんで星をみるのですか? と質問したとしたら、ほぼまちがいなくこう答えるだろう。

「だって、おもしろいじゃん」

 ここが猫とニンゲンさまの違いで、人間はみるものに自らの想像力を重ねてしまうという特技をもっているので、ただの無機質な光の刺激を物語りのように楽しむことができてしまうのだ。だから偉いとはいわない。違う、というだけだよ、なあ猫くん。

 古代エジプト、メソポタミア、マヤ、アステカ、あれらは星の文明だった。星を読み歴を司るものが指導者であり、人々は星のために偉大な神殿をつくった。ピラミッドがそれ。

 そういえば猫よ、おまえもエジプトでは偉大な神様だったはずだろ、バステト・ラーよ。神の末裔なら星くらいみな。

 さて、人類が歴史の始まりとともに続けてきた星観察だが、現代ではずいぶんと不自由なものになっているらしい。

 え~っ? 現代天文学の偉大な成果を知らないの? ハッブル宇宙望遠鏡に、ブラックホールに、グレートアトラクター、赤方変移、ナントカカントカ、という反論が返ってきそうだが、まあお待ちなさい。
 現代の天体望遠鏡。それは本当にすばらしいものだ。しかしいかんせん大がかりなものになりすぎて(金もかかりすぎ)、数が限られる。それゆえそれを使って誰がなにをみるかは、たいへん恣意的に決められることになる。最大級の望遠鏡ともなると、何人もの学者のウェイティングの列ができているし、その列に入れてもらうためにはまず、私はかくかくしかじかの理論に基づいてこのような発見がしたいので望遠鏡を覗かせてくださいという論文が要求される。

(論文が受け容れられなかったら? その学者さんには気の毒だけど門前払い。まあ、政治家に金をまわしてなんとかしてもらうという裏技もあるからがっかりしないでね。あ、お金持ちでないとダメか。それならまず金持ちにすり寄っていって、…やめとこ)。

 観測、発見の前に、まず理論があるのだ。だから、みたいものしかみえなくなる。

 そういえば、ある異端の宇宙論を展開した天文学者が、全世界の天文台からボイコットされて、望遠鏡に近づくことも許されなかったなどという情けない話もあったな。

 さあてさて。不自由さがだんだんみえてきましたでしょ。でも本質はこれからさ。

 あるとき、これまでの100倍よくみえる望遠鏡ができたとしよう。その望遠鏡を覗く人は、100倍以上の星がみえてしまうのだ。あたりまえでしょうが、といわないように。いいですか、100倍の倍率ということは、視野は100分の1になっているはず。それまでみえていた99%の視野を捨てて、小さなピンポイントを覗いたところが、もっと多くの星がみえてしまった、ということなわけ。

 つまり、星は無限にあるわけさ。(無限っていうのも比喩ね、たああああっっくさん!という意味)。だから望遠鏡の精度をあげるたびにどんどんみえる星が増えてきてしまう。いったいそのなかの何を、選んで観察すればいいわけ?

 ハッブル宇宙望遠鏡の画像をながめていると、いつも後方に霧のようなものがかかってみえているが、霧の1点1点がぜんぶ星です。では、その後方の霧のような1点を観察するためにさらに精度をあげるとどうなるか。想像するのに疲れてしまう。

 しかもですよ、精度が上がったということは、視野はもっともっと狭くなっているのだ。かくして現代天文学は広い広い夜空の針の先のような1点を観測することになる。じっさい、現代天文学者は、宇宙の3%しか観測していないという説もある。

 現代の天文学者は、憂鬱じゃないかな。古代人のような天かける自由な空想力はどうやって発揮したらいいんだろう。

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 ある女性にこの話をしたら、こう切り返された。

「猫は近眼だから星がみえないんじゃないの?」

 うーむ。女と話をしていると後悔することが多いな。
 ところで、猫は月をみるのだろうか。

[上の文章は、約4年前に書いたものです。]
[original from 【猫哲学HP】 http://nekotetu.com/
[mail to:nekotetu@mbr.nifty.com]

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